My Hero...My Emperor...

伊崎夢玖

第1話

「生徒の呼び出しをします。二年一組、佐々木藤花ささきとうかさん、至急職員室まで来なさい。繰り返します。二年…」


(何で呼び出しされるの?)

最近は大人しくしてたはず。

問題行動もしてないし、課題だってちゃんと出してる。

自覚してないだけで何か怒られるようなことしたのかもしれない。

ざわざわとした昼休みの教室はシンと静まり返り皆あたしを見る。

居たたまれなくなって急いで職員室に向かう。

「二年一組、佐々木藤花。入ります」

職員室に入る時の宣言を言い、扉を開くと担任が慌てて飛んできた。

「先程あなたの執事さんから連絡がありました。お爺様が危篤とのことです。すぐお帰りなさい」

「ですが、単位が…」

「それは何とかします。今は一刻も早く帰りなさい」

「(先生が帰れって言うなら帰るか…)分かりました。帰ります」

ぺこりと頭を下げ、職員室から退室する。


教室に戻ると、何事かと皆興味津々な表情でこちらをちらちら見てくる。

(マジでウザい…)

持って帰る荷物を通学バッグに仕舞い、肩にかけて教室から出る。

昇降口で革靴に履き替え、校門に行くと迎えの車があった。

「お嬢様、お迎えに上がりました」

あたし専属の執事、田中。

礼儀正しくお辞儀をして後部座席のドアを開ける。

「連絡ありがとう。急いでください」

「畏まりました」

病院に向かっている間、お爺様との思い出に耽っていた。

小さい頃は『お爺様と結婚する』と思っていた。

あたしの中でお爺様は絵本の中の英雄ヒーロー皇帝エンペラーと同じくらいかっこいい人だった。

『おじいちゃまは、とうかをまもってくれるでしょ?』

『もちろん。藤花は爺の宝物だからな』

あの時のお爺様の笑顔は忘れない。

キュッとブレーキ音がして車が止まった。

どうやら病院に到着したらしい。

お爺様のいる病室は田中から聞いている。

エレベーターでお爺様の病室の階へ上がる。

その階は所謂VIP専用の階だった。

どの部屋も個室で広々としている。

八〇三号室がお爺様のいる病室。

ドアをノックするとお爺様専属の執事、山田の声がした。

そっとドアを開け、中に入ると親戚一同皆勢揃いしていて、あたしが最後の到着だった。

「藤花、こっちへおいで」

か細い声であたしを呼ぶお爺様。

皆の視線を浴びながらお爺様の側まで行く。

そっとあたしの手を取ってお爺様が真面目な顔で言い出した。

「お前には申し訳ないが、お前が生まれる前からお前には許嫁がいる。儂が死んだら、四十九日法要の時に来るよう先方には伝えてある。その日が来るまでに先方に会うか会わないか決めるといい。決めるのはお前だ。でも、最後の爺の願いだ。できれば会ってほしい」

佐々木藤花、十七歳。

佐々木財閥次期当主、佐々木浩一の末子として生を受けた。

末子なだけあって、期待がない分、かなり自由に生きさせてもらった。

やりたいことは全てやらせてもらえた。

お爺様からの愛を一番多く受けたのもあたしだった。

何をやっても怒ることなく、許してくれた。

一人、また一人と、あたしから離れていく人ばかりだったのに、お爺様だけは最後まで味方でいてくれた。

そんなお爺様の最後の願いくらいかなえてあげたかった。

「お爺様、その願い叶えて差し上げます。生まれる前からの許嫁様との縁談、お受けさせていただきます」

そう言うと、お爺様はすごく嬉しそうに微笑まれ、「そうか」とおっしゃった後、すぐに眠るように息を引き取った。

あたしが病室に到着して、お爺様が息を引き取るまでの三分間、長いようで短い時間だった。

そこであたしのこれからの人生が決まったも同然だった。


時は過ぎ、お爺様の四十九日法要の日が来た。

その日は学校の卒業式の日と被っていた。

法要の準備は手伝わなくていいと言われたので、昼間は卒業式に参列した。

在校生として先輩を送り出す。

部活とかサークルとかに所属していたわけではないから、送り出す先輩がいるわけでもない。

ただ憧れの先輩はいた。

サッカー部のエース、高田先輩。

全女子生徒憧れの的と言っても過言ではないくらい人気で、本人非公認のファンクラブまである。

密かに思いを寄せる女子も多い。

あたしもその中の一人。

そんな高田先輩は生徒会長でもあった。

答辞を述べるために壇上へ上がる。

「肌寒い風が吹きつつも、暖かい日差しが私たちを照らす、今日この日、私たち卒業生のためにこのように厳かで、晴れやかな卒業式を挙行していただき、心より感謝いたします」

先輩が答辞を述べ始めた途端、そこかしこからすすり泣く声がする。

そりゃ、先輩を見られるのは今日が最後。

見納めの日。

悲しくもなる。

かくいうあたしもボロボロと大粒の涙を流していた。

「最後に皆様の三分を頂戴したいと思います。私はこの学校を卒業すると共に、正式に養子として高千穂家へ入ります。それと同時に、この学校の在校生と婚約することとなりました。二年一組、佐々木藤花さん。私と結婚してくれますか?」

高千穂…?

全世界を股にかけ、世界長者番付の上位に毎年ランクインしているあの高千穂?

我を忘れていると、隣からクラスメイトに肘で突かれた。

ハッとすると、皆があたしを見ている。

壇上からは先輩も見ている。

(お爺様が言っていた許嫁って先輩のこと?)

応えるしかなかった。

涙を拭いて、サッと立ち上がり、スゥと空気を胸いっぱいに吸い込んで叫んだ。

「よろしくお願い致しますっ!」

その瞬間、ワァッと歓声が上がり、拍手が鳴り響いた。

まさか先輩からあんな告白をされると思わなかったし、法要に来るってお爺様が生前おっしゃっていたから、きっと会うのは法要だろうと気を抜いていたのが悪かった。


教室に戻ると先輩がいた。

「迎えに来た。行こう」

「行くってどこへ?」

「俺たちの家に」

先輩に手を引かれ、校門で待っていた車に乗せられる。

どこへ連れて行かれるのかと心配していると、そこはあたしの家だった。

(俺たちの家ってあたしの家?)

車から降り、またまた先輩に手を引かれ、家に入る。

そこには四十九日法要のために準備している親戚一同が勢揃いしていた。

「これは皆々様、お初にお目にかかります。高田純也たかだじゅんや、改め、高千穂純也たかちほじゅんやです。この度高千穂家に養子として入ることになりました。そして、前佐々木家当主、佐々木権三郎ささきごんざぶろう様の遺言に則り、佐々木藤花嬢を娶ることに致しました。つきましては、彼女の了承も得ておりますので、彼女は頂戴させていただきます」

先輩は頭を深々と下げると、あたしの手を引いて元来た道を戻り始める。

「ここが私たちの家っていうわけじゃないんですか?」

「ここには挨拶に来ただけだ。ちゃんとした家があるから、そっちにこれから向かう」

「そうなんですね…っていうか、先輩、これってどういうことですか?」

「どういうことって…。君はお爺様から何も聞かされていないのか?」

「?」

先輩はハァと重い溜息をつくと、目線を合わせるように少し屈んであたしと向かい合わせになるように居住まいを正し、真剣な表情で話し始めた。

「君の家は既に崩落寸前だ。それに君を巻き込みたくない君のお爺様は昔高千穂のお爺様に貸した金の代わりに俺との縁談を結ばせたんだ。かなり昔の話だったから、高千穂のお爺様もそんな話は無効だと断ったそうだが、君のお爺様は頑として縁談を結ぶよう要求したそうだ。最終的には高千穂のお爺様が折れて、縁談が結ばれることとなったんだ。これが事の顛末だよ」

全てを話し終えると、いつものようにニコッと笑って、頭をポンと撫でてくれた。

(あれ?お爺様ああたしが生まれる前から許嫁がいるって…)

「ねぇ、先輩。その話って割と最近の話ですか?」

「ん?そうだね。ここ一、二年ってところじゃないかな」

「私が聞いたのは、私が生まれる前に許嫁がいるってお爺様から聞かされていました。だから先輩の話が信じられないです」

先輩はうーんと唸って何か考え、ハッと何かに気付いた。

「きっとお爺様は親戚たちから君を守りたくて言ったんじゃないかな。君が生まれる前と言ってしまえば、ご両親も出会う前だろうし、この話の真偽を問える者はいない。命を懸けた大芝居をお爺様は打ったんだよ」

お爺様がそこまで考えてくれていると思わなかった。

最期の最期までお爺様はあたしの味方でいてくれた。

そんな人が選んでくれた人。

絶対悪い人じゃない。


あたしが学校を卒業してすぐに籍を入れた。

その直後、佐々木家は崩落した。

しかし、あたしには直接的な影響はなかった。

全て高千穂が守ってくれたから。

お爺様が生きていた頃はお爺様自身が、亡くなった今となっては高千穂があたしを守ってくれる。

お爺様はあたしの最高の英雄ヒーローであり、皇帝エンペラーだった。

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