高校生活、最後の三分間

キム

高校生活、最後の三分間

「それでは皆さん、よい人生を」

 先生がそう言って、高校生活最後のホームルームは終わった。


 三月十五日。

 僕が通っている高校の卒業式が行われた。

 一度も学校を休むことなく出席し続けた僕は、皆勤賞を受賞して先生に褒められた。

 成績もそれなりに良くって、部活にも励んで、大学もちょっと名のある私立大学に合格した。

 何一つ、悔いを残すことなく卒業できる。


 ……いや、一つだけ悔いがあった。


 強いて言えば、恋人が欲しかった。

 友人やクラスメイトに恋人という存在ができるたびに、僕の中にあるその思いは強くなる一方だった。

 次々とカップル成立の報告を聞く度に、僕も恋人を作らないとと焦った。

 それがいけなかった。

 恋人を作ろうとする気持ちばかりが先行してしまい、相手のことを考えない告白ばかりを繰り返していた。

 気持ちのない告白なんて、当然のように断られ続けた。

 陰で「玉砕くん」なんて言われているのも、友人づてに聞いた。

 そんな僕の行いは学年中に広まり、皆が僕を避けているように感じてしまい、いつしか僕は人を好きになることを諦めていた。



 先生が教室を出ていった後、教室が湧いたように賑やかになった。

 いつもどおりに笑い合う人。

 まるで今生の別れを惜しむように泣く人。

 卒業した後も遊ぶ約束をする人。

 本当に、この狭い教室の中にたくさんの人がいたことが今になって実感できる。

 僕は鞄を手に取ると、何人かの友人に挨拶をしてから教室を出る。


 ここから校門まで行くのにかかる時間はおよそ三分。

 校門を出れば、僕はもうこの学校の生徒ではなくなる。

 そう思うと、これからの三分間は今までの学生生活の中でとても大切な時間になるのではないだろうか。

『高校生活、最後の三分間』、などとしょうもないタイトルをつけたくなってしまう。


 廊下を歩き、階段を降りて、下駄箱で靴を履き替える。

 毎日無意識に行ってきた一つ一つの行動も、最後であることを意識すると味わい深くなるものだ。

 きっと恋人がいれば、毎日はもっと輝いていたのかもしれない。

 ……いや、それを考えるのはよそう。

 僕に恋人ができなかったという事実を再認識して虚しくなるだけだ。


 校舎を出て、校門を目指す。高校生活、残り一分。

 校門までに並ぶ桜の木々は、今まで何人の生徒を見送り、迎えてきたのだろうか。

 見上げてみると蕾はまだ開いてはいないが、新しい春を今か今かと待っているように感じる。

 校門を目前にして、それでも歩みを止めない。

 さらば、『僕の高校生活、最後の三分間』。そう心の中で最後の一文とつづったときだった。


高坂こうさかくん!」


 あと三歩で校門をくぐるというとこで、後ろから名前を呼ばれた。

 振り返ると、そこには一人の女の子が立っていた。

 彼女の名前は……田中さん。

 僕が初めて告白した人で、そして僕を初めて振った人。

 誰彼構わずした告白した相手ではなく、本当に好きになった人。


「田中さん。どうしたの? 何か用?」


 ちょっとぶっきらぼうな物言いになってしまったのは、彼女を見ていると「玉砕くん」などと呼ばれるようになった日々を思い出してしまうせいか、はたまた彼女を諦めきれない僕の心に余裕がないせいか。


「あのね、ちょっと聞いてほしいことがあるの。最後だから、ちゃんと言わないとって思って」


 そう言って、田中さんは話し始めた。


 * * *


 高坂くんに告白されたとき、私、すっごくびっくりしちゃったんだ。

 だってね、私も高坂くんのことが好きだったの。

 でもね、信じられなかった。怖かった。初めて好きになった人と、実は両思いだったなんて。そんな漫画みたいな話ってあると思う? まあ、実際にあったんだけどね。

 それでね、私嬉しさよりも怖さの方が強くなっちゃって、高坂くんの告白を思わず断っちゃったんだ。

 でもその日の夜、すっごく後悔した。自分で断っておいて何様だよって感じだけど。ご飯も喉を通らなくて、高坂くんからの告白の言葉と、自分がそれを断るシーンを何度も何度も思い返してたら、気持ちがグチャグチャになっちゃって……。

 それからしばらくして、なんとか立ち直れたからもう一度高坂くんとちゃんとお話しようって思ったら、高坂くん次々と別の女の子に告白してて。なんだ実はすっごい軽い男の子だったんだ、なんて少し軽蔑の目で見たりもしたんだけど、それでもそんな高坂くんを見ているとちょっと気になったことがあるんだ。

 自惚うぬぼれかもしれないけど、高坂くんって私以外の女の子をちゃんと好きになってなかったんじゃない? 傍から見てても、心のこもってない告白だってわかったよ。でもその告白を重ねるごとに、高坂くんは悲しげな顔をして、周りからはちょっと陰口叩かれて。もしこれが、私が告白を断ったせいだとしたら、本当に申し訳ないことをしちゃったなあってずっと思ってた。


 だからね。決めてたんだ。もし高坂くんが卒業するまで誰とも付き合えなかったら、今度は私の方から告白をしようって。もう遅いかもしれないけれど、高校生は終わっちゃったけれど、それでももし、こんな私で良かったら――


 * * *


「私と付き合ってください」


 突然吹いた温かい風に乗って、彼女の声が僕の耳に届く。

 彼女の目に浮かぶ涙は、先程教室で誰かが流していたような別れを惜しむためのものではなかった。

 三分間はとっくに過ぎていた。

 僕は田中さんに返事をした。


 そして僕の『高校生活、最後の三分間開かなかった蕾』が終わり、『彼女と過ごす良い人生終わりなき春』が幕を開けた。

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