ヒーローの三分間

@ns_ky_20151225

ヒーローの三分間

 スーパーヒーローなんていないと思ってるだろ? あれは映画かコミックの世界だと。


 それはある面では正しく、ある面では間違っている。


 スーパーヒーローは存在する。私がそうだ。


 だが、さっき、いないというのもある面では正しいといった。君はヒーローが活躍するところを見た事がないはずだ。それも事実だ。


 どういう事か? 映画やコミックのヒーローが間違っている点が三つある。


 一つ目、私、つまり本物のヒーローは『後始末』まできちんとやる。

 悪の存在による死傷者は何事もなかったかのように蘇り、怪我は完全に治る。破壊された物品も同様だ。


 もちろん、記憶だって残らない。


 ここまで読んで、ばかばかしいと思っただろう。記憶が残らないというのはやりすぎだ。設定ミスだ、と。死傷者の復活や治癒、破壊された物品の修復といった能力ならまだしも、記憶を操るというのは辻褄が合わなくなると言いたいのだろう。その間の経過時間をどう説明するのか?


 もっともだ。しかし、それもフィクションのヒーローに影響されすぎた考え方だ。

 二つ目の間違い、彼らは戦闘などに時間をかけすぎる。見せ場を作るためだろうが、本物はあんなに時間をかけはしない。


 後始末まで含めて長くても三分。それが本物だ。それでこそ『スーパー』ヒーローなのだ。


 君だって経験があるだろう? 三十秒や一分足らずの時間がいつの間にか経過していたという事が。

 ただし、それでも多少は筋が通らない部分が残る事はある。だけど、最長でも三分という短時間におさめれば、後は勝手に理屈をつけてくれるものだし、厳しく追求しようともしない。

 人々は、正義と悪の派手な戦いがあったと言うよりも、誤った操作をしたとか、ソフトウェアにバグがあったとか言う結論を好むからだ。


 では、三つ目の間違いだ。


 スーパーヒーローという言葉に複数形はない。いや、単複同形でもない。


 スーパーヒーローはこの世に私一人しかいない。もっと正確に言えば、同時に一人しか存在しない。

 私はこの能力を先代から受け継いだ。青年になりかけの少年の頃、彼女が夢に現れた。年老い、小さく折れ曲がっていた。

 彼女はしわだらけの喉を震わせ、苦しげに声を絞り出しながら、ヒーローの真実を説明してくれた。

 妙な夢だと思ったが、彼女の目を見て、私は自分がおかしくなったのでも、何かのいたずらをされているのでもないと確信した。


 なぜ私なのか? そう聞いた時、老女はかすかに笑って首を振った。そうではない。選んだのはあなただ。と。


 ヒーローは、三分間ですべてを行い、日常を取り戻す。そのために用いられるエネルギーはどこから出てくるのか。

 それはヒーロー自身の時間だ。彼女は、三十にもなっていない、と言いながら自嘲気味にしみの浮いた手の甲をあげて見せた。


 まだ質問に答えてもらってない。なぜ私なのか? もう一度言って夢の老女を遮った。


 違う。これも私の能力。肉と魂が滅びる寸前の三分間、全人類に夢を送り、次のヒーローを探し出す能力。資格は共感性の強さ。能力を悪用せず、人の痛みを感じ、救ってあげたいと思う優しく、強い心。

 あなたは会話ができるほど鮮明に夢を見た。つまり合格。地球でただ一人、この能力を正しく使える人間。スーパーヒーローなのです。


 それだけ言うと、老女は倒れ、塵となって消えた。世界のどこかで一人の老人が亡くなったのだろうと悟った。

 それと同時にすべてを直感的に理解した。能力の事も、使い方も、悪が存在し、その企みが動き続けている事も。


 こうして私の戦いが始まった。孤独だが、人々を救っているという満足感ある戦い。彼らの穏やかな日常を守るための戦い。


 しかし、それも終わろうとしている。私の限界が近づいている。なのに悪そのものは倒せなかった。奴の企みはすべて妨害したのだが、本体にはわずかに手が届かなかった。


 次のヒーローを探し出さなければならない。新たな人間に新たな戦いを始めてもらわなければ。


 私は集中し、最後の三分間、夢を送る。今、あなたが見ている夢を。


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