十二年と、三分と、残りの人生

@sorikotsu

第1話

「授業中のところ、申し訳ありませんが、沢尻先生、至急、職員室まできてください」


つまらなさすぎて、クラスメイトのほとんどが机に伏せて寝ている、この国語の授業。

突然の校内放送で呼び出された沢尻先生は、慌てながら、教室を出て行った。

何か一言あってもいいだろ。そう思ったが、こんな状況で、言葉をかける気にもならなかったのだろう。

状況説明はどうだっていい。


「おい!お前ら起きろ!遊ぶぞ!」


と、叫ぶと同時に、黒板の上に備え付けられた時計を確認する俺。

授業時間は、残り三分。

俺たちのクラスは、廊下の突き当たりにある。つまり、隣接する教室はない。多少騒いでもバレないのだ。

これはもう……、ふざけるしかないだろ!


「どうしたのよ、藤崎。いきなり叫び出して」


隣の席の宝井が、寝ぼけ眼をこすりながら、俺を見上げてきた。


「寝てる場合じゃないぞ宝井。あと二分五十秒だ。有効に使おう」

「いや、意味わかんないから」

「だーっ、もう!」


俺は、席を立ち上がり、黒板へ向かう。

いちいち寝ていた奴らに説明する時間はないのだ。


「起きたやつ、起きてたやつ、前を見ろ!」


俺は、黒板に書かれた、意味のない日本語たちを消していく。

そしてそこに、大きく、先生は消えた!遊ぼう!と書いてみた。

しかし、これだけの騒ぎだと言うのに、クラスの半分近くは、起きてもいない。


「おーい藤崎。俺、トイレ行ってくるわ」

「待てよ園部。トイレなんて休み時間にも行けるだろ?今は授業中だ、遊ばなきゃ」

「理屈がよくわかんねぇぞ」


そう言って、園部は教室を出て行った。今日からあだ名をトイレマンにしてやる。後悔しろ。


「そうだ、バレーしよう、バレー。おい、バレー部の部長の常盤!ボールあるだろ!?」

「いや、教室に持ち込まないって」

「くそっ!」


どいつもこいつも……、本気で遊ぶということをしらないやつらばかりだ。これだから最近の若い奴はダメなんだよ。

休み時間も、寝てるかスマホか。小学生の時のパワフルさはどこへいったんだ。

俺は悔しさを表すように、黒板を強く叩いた。


「びゃっ!?」


その音に答えるようにして、一番前の席で、頬杖をついて眠っていた、篠森が目を覚ました。


「びっくりしましたぁ。なんですか?あれ、先生は?」

「俺が先生だ。おい篠森。あと二分三十秒しかない。何かクラス全体でできるような、面白い遊びを発案しろ」

「急すぎます〜。でも、私、ちょっとやってみたいことがあったんですよ〜」

「おっ、なんだ?言ってみろ」

「椅子取りゲームです!これだけの人数でやったら、きっと楽しいですよ?」

「クソみたいな案だな!寝てろ!」

「ひどい!」


篠森は泣きながら、教室を出て行ってしまった。

教室に残されているのは、俺を含め、残り十八人。ただでさえ美術選択のこのクラスは、人数が他のクラスに比べて少ないのに……。

まずいぞ。このままじゃ、どんどんやれることが減っていってしまう。

焦った俺は、今出て行った藤森の隣の席の、上岡を叩き起こす。


「……んぇ?」

「んぇ?じゃないんだよ上岡。目を覚ませ」

「……目を、覚ませ?」

「そうだよ上岡。黒板を見ろ。沢尻先生はもう」

「そうだよね!」

「えっ?」

「僕は目を覚ますべきなんだ。毎日毎日、学校に来て、真面目に授業受けて、友達と遊ぶことなく塾へ直行。そんな学校生活に何の意味がある?今気がついた。学生は遊んでなんぼだ!ありがとう藤崎くん!僕は行くよ!」

「なっ、おい!上岡!」


上岡は、跳ねるようにして、教室から飛び出して行ってしまった。


「そうだよ、上岡の言う通りだ。俺たちこんなところで、ただ日々を過ごすだけじゃダメなんだよ!」

「おい、高瀬?」

「そうだよね!あたしもそう思う!」

「皆上?」

「私、立派なパティシエになって、美味しいラーメンを作るんだ!」

「パティシエ知ってるか?森林」


上岡の発言に感化された、高瀬、皆上、森林の三人が、続くようにして、教室を去ってしまった。

これで残り、十四人。


「そもそも次の授業、体育じゃない?あたしら更衣室行かないと」

「そうね」

「そうだね〜」

「そうそう」

「せやな」

「そうどすえ〜」

「exactly!」


そして、余計なことに気がついた福岡のせいで、教室に残っていた、宝井、百川、秋吉、浜辺、斎藤、テイラーの女子七人が、一気に消滅。

これにより、残りは俺も含めて、七人となってしまった。

しかも、七人中六人が男子。これでは、ポッキーゲーム、野球拳などの、異性同士だからこそ盛り上がる遊びは、自然的に選択肢から外れることになってしまう。


「悪い、藤崎。バレー部、そろそろ大会なんだ。一分でも練習したい」

「待てよ常盤。息抜きも必要だ」

「そうは言ってられないんだぜぇ?藤崎くんよぉ」

「更生した元ヤンのバレー部エース、堀本……」

「ふふん。キャプテンとエースの言う通りさ、僕らに時間は、残されてないんだよ」

「ウルトラナルシストの木俣……」

「ごっつぁんです!おいら、時間が惜しいでごんす!」

「相撲部からなぜか転部した中村……」

「そういうわけだ、藤崎、俺たちは行くぜ!」


こうして、常盤、堀本、木俣、中村の四人が離脱。

……俺は、がっくりと肩を落とした。

残っているのは……。


「なぁ、青葉」

「……見ての通りだよ」

「そうだな。見ての通りだ。残ったのは、俺と、お前と、一度寝たらなかなか起きないことで有名な、島袋だけ」

「どうする?じゃんけんでもするか?」

「いや、もういい。どのみち残り三十秒だ」

「そうか。じゃあ俺は、帰るとするよ」

「おう。達者でな」


……青葉が、去った。

最後の一人、島袋の元へ、俺は向かう。

気持ち良さそうに、寝息を立てている島袋は、俺の幼馴染。

そして、俺の初恋の相手だ。

小学校、中学校、高校。ここまで同じだが、親が仲良しという程度で、俺たち自体は、そんなに仲良くない。

いや、それは言い方が悪いな。


俺の方が、意識してしまって、中学からは、うまく話せていないのだ。

……島袋は、多分、俺が起こさない限り、チャイムが鳴ろうと、起きない。


残り十秒。


周りには誰もいない。


目の前で、近くて遠い、一番好きな人が、眠っている。


……。


何もできないまま、チャイムが鳴った。


俺は、島袋を揺り起こす。

その瞬間、突然、地面が揺れ動いた。

俺は思わず、バランスを崩す。


「な、なんだ?」

「おーーーーきーーーーろーーーー!!」

「うわっ!」


校内放送から、いきなり大きな声が聞こえてくる。

それに乗じて、どんどん揺れは大きくなった。

ついに、立っていられなくなり、俺はその場に倒れこむ。


「おい!島袋!起きろ!」


俺は必死で、島袋に声をかけるが、なぜかうまく声が出せない。


「島袋……」


手を伸ばすが、届かない。

そしてそのまま、俺は意識を失った。



……。



「起きろ!」

「ぐぇっ!」


と、思った途端、急に頭に痛みが走った。

そして、ゆっくりと目を開ける。


島袋が、こちらを睨んでいた。


「もう。次移動教室だよ?いつまで寝てんの」

「あれ、島袋……」

「ん?」

「……いや、なんでもない」


どうやら、夢を見ていたらしい。

今は、授業と授業の合間の休み時間。

だんだん現実に戻っていく。そうだ。俺は仮眠を取っていたんだ。

時計を確認すると、次の授業が始まるまで、あと三分だった。

次の授業の教室は、そこそこ遠くにあるので、もう行かないといけない。


「ありがとう島袋。起こしてくれて」

「別に?このくらい幼馴染だしさ」


とっくに、他の生徒は移動していて、教室には誰もいない。

……島袋が声をかけてくれなかったら、俺はそのまま眠っていたかも。


「……なに?」


さっきの夢のせいなのか、俺は、なぜか島袋を、じっと見てしまっていた。


「あの、さ。島袋」

「なんなの?」

「お前ってさ、その……」

「もう、なに?はっきり言って」

「彼氏とか、いんの?」

「……いないけど?」

「……そうか」


こんな簡単なことすら、今日まで訊けなかった。

……あんな夢を見なかったら、今日だって訊けなかったかも。


「でも、好きな人はいる」

「えっ」

「うん」

「……そっか」


……まぁ、そうだよな。

俺は教科書を持って、席を立つ。


「ごめんな。変なこと訊いて。遅れるし、早く行こうぜ?」

「……待って」

「ん?」


島袋は、胸に教科書を抱えたまま、俯いている。


「どうした?島袋。体調悪いのか?」

「悪いかも」

「えっ、じゃあ保健室に」

「あんたのせいで」

「……いや、なんで?」

「……あんたが、そんなんだから」


全く意味がわからなかった。


「俺がなんかしたなら、歩きながら謝るよ。本当に遅れるからさ、行こう?」

「あんただよ」

「えっ?」

「私が好きなの、あんた」

「……えっ?」


そう言って、島袋は、俺の横を通り過ぎようとした。


「いや、待てよ。何だそれ」

「あんたが、いつまで経っても私に好意を向けてくれないから、言いました。それだけ」

「冗談か?」

「あんたのこと考えると、眠れないんだって。馬鹿みたいだよね。恋愛漫画のヒロインかよって」


なぜか他人事のように、説明し始める島袋。


「でも、事実は小説よりも、何ちゃらっていうじゃん?島袋愛花は、藤崎圭太のことを、ずっとずっと好きで、最近はあんまり話しかけてもくれなくなったから、その原因を考えるたびに胸が苦しくなって……。考えたくないのに、頭から離れないし、どんどん好きになるし、もう、わからない」


これは、夢なのだろうか。

夢の中で、夢を見ている。そんな気がしてしまう。

俺は、自分のほっぺをつまんでみた。


……痛い。


ていうか、この行動も、漫画みたいだなぁとか思ったりして。

そうしている間に、チャイムが鳴ってしまった。


「あぁ……遅刻だな」

「返事は?」

「……そりゃあ、もちろん。イエスだよ」

「もちろん、なんだ」

「おう」

「……嬉しい」

「とりあえず、行こう。二人なら、言い訳もできるはずだ。例えば、お前が階段でこけたところを、俺が助けた〜とかな」

「なにそれ。それこそ漫画じゃん」


俺たちは、二人並んで、教室を後にした。

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