異世界転生ノーチート

種・zingibercolor

異世界転生ノーチート


ようこそ、お越しくださいました。

……遠隔の念話で申し訳ありません。私、これでしか外部の方と接触してはいけないことになっていまして。

ええ、お話は伺っていますよ。戦争の記録ですね。記録を残しておくのは大事なことです。

『異邦人の大瘴気』のことを書かないようでは、たしかに片手落ちでしょう。


どこからお話しましょうか。

……やはり、私がここに来る前の話から、ですか?

まあ、そうでしょうね。皆さん、まず『どこから来た?』と聞かれますから。


ここが剣と魔法の世界なら、私が生まれたのは電気と機械の世界、というところですね。

そうです、電気とは稲妻と同じものです。こちらでは、ごく一部の魔法使いしか使えませんが、私の生まれた世界では、ありとあらゆるものの動力源に使われておりました。

私たちが食べる食事は電気が動かす熱源で。

食事を作る野菜や肉は電気で動く機械が作った肥料から。

仕事や勉強はパソコン……電気が動かす精密な機械で。

電気で、声や映像まで送っていたんですよ、今の念話のように。こちらの皆さん、あまりピンとこないようですけど。


私が生まれた国は日本と言いまして、私がこちらに来る十何年か前までは、いっぱしの先進国だったんですが、不況が続いて少し調子を落としていましたね。

でも調子が良かった頃の物は、まだたくさん残っていましてね。飲める質の水がいくらでも出る水道、毎日浴びられるシャワー、用を足したあと水で流す清潔なトイレ。

いつまでも冷たく食べ物を保ってくれる食品入れ。同じ映像や音声を幅広くに放送できる機械。空気を涼しくも熱くもしてくれる機械。

誰でも安く診てもらえるたくさんの病院、大体の化膿を止めてくれる薬、怖い伝染病にかからないため、体に病気を覚えさせてくれる薬。

私はそんな国に生まれた、特に秀でたところもない、特別な能力なんてない、冴えない小娘でした。

……ある日、こちらに来るまでは。


きっかけが何だったのかは、未だにわかりません。事故で入院した友達のお見舞いに行って、家に帰る途中、ふと瞬きしたら目に映る世界がまるで変わっていました。

山のあちこちから上がる煙。転がる兵士の遺体の数々。軍馬の足音。そう、この国が何十年もの続けている領土争いの戦争の真っ最中でした。


日本は、平和な国でした。少なくとも私がいた間は。

なので、血まみれの遺体を見ただけで気が動転してしまって、泣き叫びながら生きている人を探しました。

走って走って、戦場から少し離れた、かろうじて無事だった村に助けてもらいました。

村人が総出で見に来ましたけれど、優しい夫婦が宥めてくれて、温かいお茶とシチューとパンを食べさせてくれて、とりあえず助かったと思いました。

……2日経つまでは。


日本ではね、日本はね、すごく医学が発達してたんですよね。

大体の伝染る病気には、ワクチンって言って、その病気を体に覚えさせて、重い病気にさせないための薬があるんですよね。

だから、私、日本にいた時、麻疹が流行ってるなんて言われても気にしてなくて。

インフルエンザなんて気にしてなくて。

化膿止めなんて、ありふれたものだと思っていて……。


最初に倒れたのは、私を引き受けてくれた、優しい夫婦でした。体中ボツボツができて、もう顔なんて酷いことになって、高熱で苦しんだ挙げ句、逝きました。

熱冷ましも大して効かなくて、夫婦がなくなった頃には、村中に病気が蔓延していました。私だけが、元気でした。

この世界に、ワクチンなんて打ってる人がいるわけなかった。ワクチンで防げる病気を、防ぐすべなんてなかった。

私が持ち込んだんです。私のせいなんです。村の全員が病気に倒れたとき……私だけが元気だと気づいた時、ようやくそれに思い当たりました。


村人の殆どが亡くなった頃……村にとっての敵軍である、この国の将軍様が、兵士を引き連れて来ました。食料や水の強奪のためだったそうですけど、誰もいないことにとても驚いていました。

一人元気だった私が将軍様の前に引きずり出されて、私はもう嘘をつく気力もなくて、ありのままを話しました。

別の世界から来たと。この村の人は病気で死んでしまったと。私が病気を持ち込んだせいだと。

皆、信じがたい顔をしていましたが、3日後には、全員信じざるを得なくなりました。

将軍様を含めた兵士たちが、同じような病気にかかったからです。


私は首を落とされる寸前でしたが、将軍様は熱に浮かされながらこう言ったそうです。

『そのガキを殺すな。敵の砦に放り込んでこい。ガキの服を剥いで切って、あちこちの敵地に置いて回れ。うまくすれば……勝つぞ』

……結果として、将軍様の言うとおりになりました。

病で全滅した砦や敵地は、焼いて消毒してから、この国の陣地にしたそうです。


あとは、あなたもご存知のとおりです。

『異邦人の大瘴気』、『滅びの処女』、『死の病を撒く女』。

いろいろなあだ名がつけられましたけれど、基本的には私が身に着けたことのある衣類を敵地に入れて、あとは病が広まるのを待つだけ。

将軍様は、病から蘇った数少ない人で、なのでこのやり方をことさら気に入っていました。自分はもう、病気にはかからないんですもの。

私は虎の子の兵器として、山奥のちいさな家に閉じ込められて、時折、自分の着た衣類や使っていた毛布を供出して……。

そうして、これまでの日々を過ごしています。


この国はね、この国はね、きっとまだどんどん広くなりますよ。

私が、生きている限り。

いっそ、いっそ死んでしまえばいいのに、私はできないんです、怖くて!!


……ごめんなさいと。

戦記に、ごめんなさいと滅びの処女が言っていたと、それだけは書いておいてくれませんか……?

それが私に出来る、せめてもの償いです。

……ごめんなさい。

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