衝撃の告白(KAC6:最後の3分間)

モダン

ばあちゃんの死

 ノートパソコンのモニターから親友が尋ねてきた。

「もう落ち着いてる?」

 彼の背景には、干してあるパンツとタオル、飲食した容器が見える。

 典型的な独り暮らしの部屋だ。

 俺は無言で、包帯を巻いている指を見せた。

「おお、面積ちっちゃくなったじゃん。もう取っちゃえば?」

「こういうのは最後まできちんとやらなきゃダメなんだよ」

「お前、昔から臆病だもんなあ」

「そういう問題じゃないだろ。

 この歳でそんな挑発に乗ると思うか。もう、子供じゃないんだし……」

「大人とも思えないけどな」

「お前に言われたくないよ」

 俺は寝転んだ。向こうの画面には無人の部屋が映ってるに違いない。

「スナックの彼女にふられたとかで八つ当たりされたのが2週間くらい前か……。

 結構、間が空いたけど、何か新しいトピックスとかないの?」

 しぶしぶ身体を起こしてモニターをのぞくと、ヘッドセットをしたトレーナー姿の男は爪を切っている。他人のことを言えた義理ではないが、失礼な奴だ。

「ばあちゃんが死んだ」

「え?」

 あいつは爪切りを持ったまま、こちらを振り向いた。

「金をだまし取ろうとして、まんまと手玉にとられた?あのおばあさん?」

「人聞きが悪いな」

「でも、そうだろ」

「そうだよ」

 俺はまた寝転んだ。

「おい、顔出せ。落ち込んでんのか」

「別に。ばあちゃんとはそんなに親しくもなかったし」

「そうか」

 変に心配させるのも嫌だったから、また起き上がる。

「でも、聞いてくれるか」

「何なんだよ。お前の精神状態が想像できないわ」

「まあ、いいから。とにかく聞いてもらおう」

 奴はまた爪を切り始めた。

「……聞いてもらおう」

「聞いてるよ。早く話せ」

「そうか。

 じゃ、まず、知っといてほしいんだけど。

 ばあちゃんの身内は、俺と両親の合計3人だけ。

 じいちゃんは親父が幼いころに亡くなったから、ばあちゃんが女手一つで親父を育てたってことだな。

 親父はじいちゃんのことを知りたかったけれども、ばあちゃんへの気遣いもあって聞くことができずにきた。だから、誰もじいちゃんのことはよく知らなかった。

 この背景、大事なんだけど……。

 ちゃんと頭に入った?」

「痛っ」

「聞いてなかったな」

「お前、いちいちめんどくさいんだよ。俺を信用できないのか。おかげで肉切っちゃったじゃねえか」

「縫うほどじゃないだろ。続けるぞ」

 親友は明らかに敵を威嚇する目で、俺を見つめていた。

「ばあちゃんが意識を失って3日目、俺達家族は危篤の連絡を受けて、集まった。

 もう、このまま逝っちゃうかもしれないと思ってたんだ。

 その時、小さな声が聞こえた。

 反射的に皆の視線がばあちゃんにむけられるよな。

 そしたら、ばあちゃんの唇がかすかに動いてて、目もうっすら開いてる。

 親父は慌てて駆け寄ってさ、手を握ると『よかった』って、つぶやいたんだ」

「でも、結局は亡くなったんだろ」

「まあな。そこから3分、とんでもない話をしてから息をひきとった」

「とんでもない話?」

 ようやく興味を持った友達が身を乗り出してきた。

「言わば、最後の三分間。もっと長い時間に感じられたけど、時計を見ると、正味三分くらいのもんだったんだよな。やっぱり人の感覚っていうのは……」

「早く本題に入れよ。無駄話は長く感じるだろう」

「なるほど」

 こいつ、うまいこと言うなと感心してばあちゃんの話に戻した。

「まず、じいちゃんは自殺だったって言葉から始まったんだ」

「ふうん。そりゃショックだったろうね。でも、まあ、世の中にはそんなこともあるんじゃないの」

「次はじいちゃんとのなれそめ。OLだったばあちゃんが出世頭のじいちゃんと社内恋愛の末、結婚」

「それはごく普通じゃね」

「でも、その理由がな」

「ん?」

「ばあちゃんは自分の昇進に邪魔なライバルを陥れたんだ」

「ライバル?」

「じいちゃんだよ。

 本当に自分のことが好きなら私を応援してほしい。家庭のことはあなたに任せるってね」

「なんか、ひどくない?」

「で、結婚してから夜のバイトを始めるんだ」

「若いうちに金貯めとこうってことかな」

「そうじゃない。

 取引先の新規開拓と情報収集のためだよ」

「すごいな」

「その時、周りから『あいつ、ふくろうみたいだな』って陰口叩かれてたんだって。

 昼は賢者、夜は狩人ってことらしい」

「怖くなってきた」

「じいちゃん悩むよ」

「悩むなあ」

「でも、ばあちゃんを責めるどころか、何の役にも立てない自分が情けなく、心苦しいってメモを残して……」

「遺書か。うつ病だったんじゃないの」

「さあな。

 その時、ばあちゃんは当時珍しい女性管理職として世間にも注目されてたそうだ。まあ、コネを使いまくって、いろいろひどいこともしてたんじゃないかと思うよ。

 ただ、頼りにしていた旦那が自殺、自分の悪評が目立ち始め、子育てにも専念しなきゃいけない。こりゃ潮時だなってあっさり退職。

 貯金と保険金があるから、その資産運用で生計を立てたって言うんだけど、そんな才能にも恵まれてたんだろうね」

「そういう人って、自分の過去をどんな風に考えてたのかな」

 俺はあのときのことをもう一度思い返した。

「『私はそんな母親だったの』って、手を握る親父に語りかけてたけど、涙ぐんでもなかったし悔いてる様子もなかったなあ。

 ただの報告、みたいな感じ」

「反省してるとかじゃなさそうだな。

 うーん。確かにとんでもない話だった」

「いや、問題はこの後なんだ」

「え」

「ばあちゃんは、困り顔の親父に続けて言うんだよ。『今のあなたなら、この事実をプラスに昇華できるわね』ってさ」

「投げられちゃったなあ」

「形見に罪の記録を渡して、これで幸せになりなさいって言ってるようなもんじゃん。

 そんな過去を今さら明かされて親父はどうすりゃいいのか……」

「まあ、それも時が解決してくれるのかな」

「ちゃかすなよ。

 もう、そのセリフは聞きあきた。って言うか、それ、俺がお前にかけた言葉だから。

 この間は、偶然、親父からも言われたし」

「でも、本質ついてるんじゃない?

 それに、お前のおばあさんについてもあてはまるような気がするよ。

 長年、苦しんでる間に少しずつ整理がついてきて最期の3分で自分と家族にけじめがつけられたわけだし」

「どうかな。まあ、死んじゃうこと自体がひとつの解決っちゃあ解決だしな」

「うん」

 奴は再び視線を落として爪を切り始めた。

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