駆け抜けて3分間
tolico
後の祭り
22時20分。
私は都内某所にあるライブハウスにいた。
ライブと言えばだいたい夕方に始まり夜遅くまでやっているものだろう。少なくとも、ここ一年でわたしが追いかけているアーティストのライブはそうだ。
今日はそのアーティストがDJとして出演するライブだった。クラブイベントというものだろうか。
16時に仕事が終わり、最寄り駅までダッシュして電車に飛び乗る。開演は18時。何とかスムーズに乗り継いで、開演から参加することが出来た。
薄暗く、スモークを焚いたようにぼんやりと煙るダンスフロア。お腹にずしりと響くビート。音の洪水。
知らない人が多い中に、いつもの常連も何人かいて軽く挨拶したりする。お目当てのアーティストの彼も、出番まではフロアで踊っているので近くにいられて嬉しい!
そんな感じだから最初からテンションは高く、音に合わせて身体を揺らす。お酒も入って気分も上々で、とても楽しい。
次々に出演者が変わり、彼の出番でも思う存分に踊った。
その後、出番の終わった彼が、また踊りに出て来るかと思っていたのだが、出演後はフロアから姿を消していた。
挨拶、したかったんだけど……。
わたしは普段22時くらいに寝てしまうので、だいぶ眠くなってきていた。
スマホを開き時間を確認して、乗換案内を検索する。明日も仕事だし0時には帰りたい。22時45分発の電車に乗ればどうやら0時前には家に帰れそうだ。
駅までは結構距離がある。来る時は20分くらいかかった。
けっこうヤバいんじゃない? そろそろ出なくちゃ!
後ろ髪を引かれながらも、私はライブハウスをあとにする。
22時42分。あと3分で電車が行ってしまう。終電迫る人混みに飲まれる。
キャリーケースを転がしてるおじさん、きょろきょろしてないで! ちょっと邪魔よ!
改札を急いで抜けて、階段を駆け下りる時には既に電車がホームに入ってきていた。嘘でしょ! 慌てて飛び乗る。
すぐさま扉は閉まり、ゆっくりと電車が動き出した。扉の横で壁に背を預け、乗換を確認する。
3つ先の駅で1番線着、2番線発車となっていた。乗り換え時間は6分間。
呼吸を整えて、しばし外を眺める。と言っても地下鉄なので黒い窓ガラスに自分と車内が映るだけだ。不意に震えたスマホを確認すると、ライブ仲間から画像が送られてきていた。例の彼と一緒にご飯を食べに行っている写真。
何てこと! あと少し待っていれば!
悔しさを噛みしめながら乗り換える駅に到着する。1番線から2番線ならホームに降りてすぐ隣だ。後悔で沈みながらも、その写真の楽しそうな面々と、彼の笑顔を眺める。風が冷たい。
顔を上げて、ふと気づく。違和感。
地下鉄からの乗り換えで、ホームが隣……? これから乗るのは常磐線なのに?
違う! 常磐線のホームに行かなくちゃ!
さあっと血の気が引いたのが分かった。ホームの時計が目に入る。乗り換えの時間まであと3分!
ダッシュで階段を駆け上がり、常磐線の2番線ホームに息絶え絶えに辿り着く。
今度もなんとか間に合った。
車内は割と空いていて、長椅子の端に座ることが出来た。横壁に頭を預け、安堵のため息が漏れる。後は乗換はない。
これから30分ほど。23時40分に地元の駅に着く予定だった。
疲れからか安堵からか、いつの間にか目を閉じていた。スマホを見ると23時37分。危ない、もう一駅くらいだ。外は真っ暗だが、時間通り走っていたならそれくらいだった。
しかし、瞼が重い。
また意識を飛ばしていたらしくはっとする。
開いた扉が見えた。発車音が流れ始める。ホームの柱に自分の降りる駅名が書いてあるのを目にして、急いで降りた。忘れ物は、無い。良かった。
こうして何とか乗り過ごすこともなく、静まり返った夜道を家へと歩いた。
「ただいま」
玄関を上がり居間へと入る。
「お帰り」
そう答えたお姉ちゃんは、テレビで映画を見ているところだった。
しまった!
そう、すっかり忘れていたのだが、今日は前々から見たかった映画がテレビ放映される日だったのだ!
日米共同制作の感動ファンタジー巨編!
時計の針は既に23時57分。あと3分でエンドロールだ。わたしはどっと疲れが出て、その場に腰を下ろしたのだった。
ちなみに、とりあえず見たラストの3分で、わたしは大号泣したので概ね満足である。成る程、詳しくは分からなかったが、感動巨編だったのだろう。
わたしの涙腺が弱いだけかもしれないが、それは言及しないでおく。
ともかく、「3分間」に焦りまくった今日のわたしだったが、「最後の3分間」で感動してすっきりさっぱり出来たのだった。
駆け抜けて3分間 tolico @tolico
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