同人誌やめます

漆目人鳥

第1話 同人誌やめます

「俺、いったい何やってんだろう」


同人誌展示即売会『同人マーケット』

通称『どケット』の3日目。

俺は今、サークル『白紙化亭』として会場にいて、

目の前を通り過ぎていく人の波をぼんやり眺めながら、

朝からずっとそんなことを繰り返し考えている。


終了時間までは後1時間を切った。


「9回目か」


白紙化亭の参加ジャンルは創作小説。

どケットそのものは、春と秋に1回ずつ開催の年2回が基本だったが、

超が付くほどの弱小サークルである白紙化亭は、

なんせ、作っても作っても本は売れない。

なので、次回参加の資金が調達できなかった。

そんなわけで年一回の参加が限界。

そして、今回が9回目の出店だった。


本日の売り上げは0冊。

どケット開始から5時間。

一冊も売れていない。


「そろそろ潮時かなぁ」


俺は、今回の参加を最後にしようと考え始めていた。

別に売れないことが辛いんじゃない。

過去だって2ケタ売れたことなんか無いんだ。

今さら一冊も売れない事なんて想定中の想定内だ。


「俺、いったい何やってんだろう」


そう、俺は何のためにここにいるんだろう。


白紙化亭は、俺と高校時代の友人の二人で活動を開始したサークルだ。

その後、これもまた俺の高校時代からの別の友人1人が加わり3人。

それと、居酒屋で偶然知り合って、コスプレがやりたいけど一人じゃ不安なので連れて行ってくれと頼まれ、ノリで売り娘として参加していた女の子が一人、

の最大4名のサークルだった。

(この娘が結構べっぴんさんだったのがまた、すげぇラッキーだった。)



「楽しかったなぁ」


そうだ、楽しかった。


入場してすぐに『ディラー証』のケースが足りなかったり

売り娘さんの着替えのスペースを確保できずにトイレで着替えろやら。

毎回毎回、どケット主催者の段取りの悪さに悪態をつきつつも、

次はどんな段取りの悪さを披露して下さるのだろう、などとみんなで弄り回すのが楽しかった。

交代で誰が売り娘と昼飯食いに行くか争ったり、スペースで売れないことをぼやくだけでも楽しかった。

売り娘がコスプレして広場に行ってカメコの人だかりが出来たときは、

サークルは全然関係ないのに誇らしかったりしたっけ。


社会人になり、3人と中々連絡が取れなくなって、4回目あたりから売り娘が来なくなり、6回目あたりから友人達が来たり来なかったりしてついに、本日9回目。

俺は、白紙化亭のブースに一人で売り子をしている。


朝から、客の一人も来ない机の前に座り続け、誰と何を語るわけでもなく。

ぼそぼそと昼飯を食い。

トイレに行くのだって、その度ごとにお隣のブースに声掛けして気を使い。


これ、何の苦行だ?

俺は、何が楽しくてここにいる?


終了の時間まで30分を切った。



おれはいったい何をやっているんだろう。


もともと他の3人はサークルの手伝いをやっていただけ。

小説を書いて本を作っていたのは俺だ。

彼らはなんとなく楽しそうだから参加していた。

小説が書きたかったのも、どケットに参加したかったのも俺なんだ。

いなくなっても仕方がない。


最初から一人でやっても当たり前なサークルだったんだ。

なのに、独りになった途端、楽しくなくなったとしたら、

結局俺も、あいつらと騒ぐのが楽しかっただけなんだろうか?


それじゃ結局、俺は一体何がしたかったんだろう。


「もう、帰ろうかな」


時計を見ると、もう残り時間は10分もない。

半端だな。

もっとさっさと帰ればよかったか。


ぐずぐずとしている間に残り3分になっていた。

そんな時間になっても、俺はまだ、残るべきか、引き上げるべきかなんてことを、ぐずぐずと考えていた。

少し拗ねていたのかもしれない。


「すいません」


見ると、高校生くらいの少年が紅潮した顔をこちらに向けて立ってた。


「新刊と、この前の刊を下さい」


一瞬、俺は少年が何を言っているのか理解できず、固まる。

数秒して、あわてて目の前の本を2冊、彼に渡した。


「白紙化亭さん、次はまた秋ですか?」


「あ、う、ううん」


俺が口ごもる。


「白紙化亭さん、いつも出るのが年一回だから、前回のどケットに僕、来れなくて一年お預け喰らっちゃいましたよ!通販とかやってたりします?」


「いや、うち通販するほど本作らないから」


「あ、そうなんですか、じゃあ、これから頑張って来るようにしますね」


少年はそういうと、持っていた手提げ袋の中にうちの同人誌を大切そうにしまってくれた。


「僕、白紙化亭さんの本、全部持ってるんですよ!」


そういって、少年は照れたように笑う。


あ、わかった。

俺がやりたかったこと、

俺が何でここにいるのか。

俺が、ここにいていい意味が分かった。


そのとき、会場にアナウンスが流れだす。


「4時になりました。どケット終了の時間です。次回どケットは3月11日になります。

それではみなさん……」


刹那、俺と、少年と、アナウンスの声が重なった。


「また、会いましょう」


会場が万感の拍手でつつまれた。

今日この日のイベント最後の3分間を俺は一生忘れないだろう。

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