08 命名は衝動的

 全てのテスト結果が帰ってきた日、いつもの如く葉金罫太に呼び出しを受けた。

 コンピュータ室の隅で罫太は座っていた。

「テストなんてどうでもいいと言っていた割には数学八位だったじゃないか。それに物理なんて五位じゃないか」と恨めしそうに龍一は罫太の身体を肘で押した。

「全然勉強しなかった割には簡単だっただけさ。あれぐらい余裕だろ?」と眼鏡をクイッと上げて、白々しくもそう言った。

 あまりにムカつく言い方だったので、龍一は罫太が背を向けている間にそっと背後に迫り、一瞬にして首に腕を回した。

「正直に言え。本当は努力したんだろ」と軽く首を絞めた。

「何する」と抵抗したが最後には龍一の腕を手でたたいてギブアップを伝えた。

 龍一は加減を見て腕を開放した。羽交い絞めにしている方もそれなりに体力を消耗するのである。

 罫太はむせびながら「俺を殺す気か?」と横で一緒になって呼吸を整える龍一を睨みつけて言った。見たことのないほどに顔が真っ赤になっていた。

「努力を笑う者への罰だ。そんな人間になるなよ。お前は優秀なのはとっくに知っているから」と反対側の椅子を引き寄せて座った。

「わかったよ。悪かった。だが、お前も俺の気を考えろよ」

 罫太はのどをさすりながら言った。

 それがいったい何を意味しているのか龍一はわからず、ただ罫太の主張を聞こうと顔を向けていた。この男に失礼なことをした覚えは何もない。

「お前、彩原さんと付き合うことになったらしいな」

 龍一の顔がカッと赤くなっていく。

「何でそれを知っている」とつい口にしてしまった。

「やっぱりそうか」と罫太はつぶやいた。

 それは鎌をかけられたということだった。要するに罫太は自ら仮説を証明するために陽動したのだった。

「俺のおかげと言うことだな。少しは俺に感謝してもらいたいな」

「お前の手柄と言うのは気に食わない」

「何故だ?事実として受け止めろよ。俺は簡単にお前たちの心内を見抜いてだな、手っ取り早く引き合わせたんだ。お前に彼女ができたのは俺が恋のキューピットとして、この場所でお誘いした過去がある。俺は自分のことを差し置いて君たち二人に幸せになってほしいとだな、ささやかながら親切心で自然な流れで二人になる状況を作ったわけだ。それなのにテストの結果がどうだので、俺の首を絞めるんだぞ。もう少し敬意をもって接してみてはどうかという些かな忠告をしたわけだよ。ねえ、彩原さんはどう思う?」

 罫太がひとしきり持論を述べているうちに水奈がやってきていた。突然何事かを振られ戸惑うのは当然だろう。

「わからないけど、今日はお客さんを連れて来たんだ」

「え?聞いていないよ。誰かを加えろと?」

「加えてくれとは言わないけど友達だし、戦力になるから連れてきたんだ」

「おいおい、勘弁してくれよ、彩原さん。友達だからってそう容易く人を連れてこられては、空気の流れと言うのが変わり……」と罫太は突然口をつぐんだ。

 廊下の向こうから恥ずかしそうに顔を覗かせている女子生徒の姿があった。その存在に罫太は気が付いたのだった。彼女は入りずらそうにモジモジして扉の向こうから中を伺い見ているばかりだった。

「蘭ちゃん、来て良いって」と水奈は勝手に解釈し、その女子生徒を中に招き入れた。

 すでにコンピュータ室で騒がしい集団だとみられている。他の利用者も彼女が教室に入る姿に何気なく見ていた。変な注目が集まっているのだ。

 手持無沙汰に両指を合わせて龍一らがいるテリトリーに足を運んだ。

 だが、すたすた歩くその女子生徒が大きく転んだのだ。他の教室とは違いカーペットが敷かれた床でつまずいてそのまま顔から突っ込んだのだ。両足はエビ反り上を向いてうつぶせとなってしまった。あろうことかスカートが大きくめくれ下着が丸見えとなっている。

「蘭ちゃん?大丈夫?」

 駆け付ける水奈はすぐにスカートを戻し、塵を払い落とす手伝いをした。

 起き上がった彼女はおでこを赤くしていた。転んだときに浮き出たのだろう。

「一応……。ケガはないよ」と両手を下で合わせて肩を中に寄せた。

 フワフワの髪の毛が印象的でその性格が何となく滲み出ていた。ちょっと笑顔で笑ってみせるがすぐにその表情は不安に満たされ恥ずかしそうにするのだった。

癒月ゆづき蘭ちゃん。このチームの新しい戦力になる友達」と水奈が手を添えて二人に紹介した。

「待ってよ、まだやるなんて」と蘭は水奈の手を掴んで訴えた。

 龍一は癒月蘭という名前に閃いた。何度か目についた名前の中にそんな綺麗な名前の人がいたことを。

「癒月さんって現代文と古文で上位にいた人だよね」

 具体的な順位までは把握していなかったが、国語が似合う名前の表記だと勝手ながらイメージを持っていた。

「なあ、癒月さんのこと知っているだろう?」と罫太に訊いてみた。

「え……。まあ……。その、あれだ」と罫太は明らかに様子がおかしい。見れば表情はいつもの冷徹に見えるようなクールなのだが耳が真っ赤なのだ。

「癒月さんに何を手伝ってもらうんだ?」と水奈に訊いた。

「絵の方をサポートしてもらうの」

「そうか、美術部か」と龍一は拳を手に乗せ勝手に納得した。あれほどの要求を求めたのは自分である。結局十三種類という当初の予定から十六種類にまで膨れ上がっている。ほかにも誰かサポートが必要だと仲間を募ったんだろうと。

「花道部だ」と低い小さな声がぼそっと聞こえてきた。

「え?」と龍一は思わず声の主に聞き返した。

「癒月さんは確か花道部で、現代文は確か九二点で第四位。古文は確か九〇点で第八位。それに日本史は確か八九点で第九位だ」と罫太がすべて答えたのだった。

「そ……、そうです……」と癒月は恥ずかしそうに下を向いていた。

「花道部ってあったんだ」

 龍一の何気ない感想に罫太が今にも噛みつきそうな鋭い目を向けた。

 何かの禁句であるに違いない。龍一は生唾を飲み込むと椅子から立って彼女たち二人に椅子をすすめた。

「葉金君。蘭ちゃんを入れるの反対?」

 改めて問う水奈だったが、罫太は「賛成」と即答した。

「良かった」と水奈は手を叩いて喜んだが、蘭は困惑した様子で水奈を見ていた。龍一は事の進展ぶりを理解できずに呆然としているが、罫太はいつものように自前のノートパソコンに向かったままだった。

「ところで今日呼ばれた理由は?」と改めて龍一は罫太に訊いてみた。新メンバー加入と言うことを用意していたわけではあるまいし、期末テストをねぎらうために集めたわけでもなさそうだ。

「……話と言うのは、チーム名を正式に決めたいというのだ」と罫太は他の三人を一切見ることなく画面に目を向けたまま話した。

「つまり前回の続きだよね」と水奈が続いた。

「団体名、チーム名と言うのはあながち無視できない。名前が決まるだけで結束は高まると何かの論文で証明されている」

「はい。リーダー。いくつか案はあるのですか?」と水奈が右手を挙げて尋ねた。

「ない。前回のテストで俺のネーミングセンスはゼロだと証明されたから、考えてきていない」とやはり罫太は他の三人を背にしたままだった。

「私も考えた方がいいよね?」と今度は蘭が尋ねた。

 少しの間があって罫太がようやく答え始めた。

「……出来れば……ほしいです。案はたくさんあった方がいいと思うから」

「でも、私も……ネーミングセンスあるかどうか」

「ゴフッ」と蘭の回答に罫太は変な奇声を上げた。それが何を意味するのか一同は頭を悩ませた。だが、空気を察して「何でもない」と付け加えられた。

「俺、考えて来たよ」

「殊勝な心掛けだな。この状況下でどんな名前を発表するのだ?」

「いろいろ考えたよ」と龍一は机の下に置いていたいつものバッグからクリアファイルを取り出した。前のようにルーズリーフに思いついたことを書いたものだ。

「例えばだけど、最初は『ああああカンパニー』だったから『シーアカンパニー』そこから英語表記で『SEA Campany』」

「それだと海会社になる」

「そして俺たちの部活のイニシャルを組み合わせようかと、美術部はB、サッカー部はC、コンピュータ部はCだから『C○B』」

「それはすでにある。ちなみに俺はパソコン部だからPな。サッカーはフットボールのFで美術部はアートだからAだ。それにもう三人じゃない。癒月さんがいるんだから」と罫太は文句だけを付ける。

「『ネコタヌキウニ』『臨高製作チーム』『理系美術系体育会系』『ビックスリー』」と龍一は躍起になって並べた案を連発した。

 その提案を罫太はことごとく、やれありきたりだの、やれ意味が分からないだのと批判しかしないのだ。

 龍一はさらに「『ティーンワークス』『CPルームの片隅』『トランプス』」と他にも10個ほど箇条書きにした案を矢継ぎ早に放つのだが、これもすべて罫太に弾き返されてしまう。

「『フィンセント・クラブ』略して『FC』以上」

 最後まで読み終えた龍一はメモ紙を折り畳むと近くの机に投げ置いた。文句だけをつけるだけ付けて自分は案を出さない罫太に腹を立った。どうせ不採用なのだと。

 だが、最後の案には罫太の反応がなかった。相変わらずこちら側を見ず背中を向けたままなのだが、腕を組んで悩んでいる。

「私はいいと思う。フィンセント・クラブ」と水奈が口にした。さらに隣の蘭に向かって「ねえ」と同意を求めた。

「どれも面白い名前だったけど、いいなって直感しました」というのが彼女の意見だった。

「なあ、葉金。批判しかなかったけどどうなんだ?」

 龍一の問いかけに答えるようにして罫太は椅子を回転させた。ようやく他の三人に顔を見せたのだった。どこかしらに気まずさみたいなものを感じた。

「『FC』だとファミリー○ンピュータみたいだ」と呟いた。

「ダメか……また新しいものを考え直そう」と龍一は折りたたんだメモを広げた。最後の案はそれなりに自信があったが、名称が被ってしまっては難しいだろう。

「それ見せて」と水奈が箇条書きした案のメモ紙を要求したので、龍一は気前よくその用紙を広げて手渡した。

 罫太は呟いた後に再びノートパソコンに向かうと、キーボードを叩いて何やら作業を始めている。興味を無くしたように見えたのだがそれは違った。

「FCだと他にもFC東○とかファンクラブの略称みたいなものに引っかかる。そこでだ。俺なりに発想を飛ばしてみた」

 罫太は背中を向けたまま話すと椅子のキャスターを転がして席の横にずれた。罫太のノートパソコンが机に残っているのだが、その画面上に黒文字が並んでいた。

『RーFC』

「このRと棒は何を意味するの?」と水奈が聞いた。

「レジスタント・フィンセント・クラブの略称でRFCになるけど、これだとインターネットの技術提案を意味するリクエスト・フォー・コメントになってしまう。ちなみにコメント募集って意味だ。同一化を避けるために表記上そうした」

「でも、レジスタントってどこから来たの?抵抗運動のことよね。ゴッホと抵抗運動に何の関係もない気がするけど……」

「それは……式澤に聞いてくれ。ある日急にレジスタンス運動に目覚めたんだとさ」

「誰がそんなことを。運動しようなどとは言っていない」と龍一は即答した。

「そうだったか?まあ、いいではないか。正直言うと、レジスタンスということは後付けで、FCからRFCにたどり着いて、Rは何にしようか考えた時に思いついたのがその単語だっただけだ」

「でも……レジスタント・フィンセント・クラブか……。俺は賛成」と龍一は述べた。何よりも秘密結社らしさが出ているところが気に入ったのだ。

「私もいいと思います」と蘭も同意した。

「私も!」と水奈も喜んで手をあげた。

 こうして仲間内で始めったプロジェクトチームは新たに癒月蘭という仲間を加え、レジスタント・フィンセント・クラブ『RーFC』として正式に誕生したのだった。

 ゲームの内容は龍一の考案したシステムが採用され前作の『四神霊獣棋』を改め『四神霊獣大戦』として新たに動き出したのだった。

 メンバー一同は新たに動き出したプロジェクトに大いなる期待を抱いた。数か月後、この立ち上げたチームがある大きな陰謀に巻き込まれることになるなどとは、この時の彼らには知る由もない。

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