03 色紙の使い方は何通り?
「諸君、今日はよく集まってくれた」と罫太は誇らしそうに二人の顔を見合わせた。
放課後、龍一と水奈は罫太の部室と名乗るコンピュータ室の隅に集まった。いつもコンピュータ室では、たいてい10人前後が各自の活動のために使用していた。だが本日は彼らの姿はない。
「まあ、お前が何か発表があるからって言うからさ、期末テストの準備時間を惜しんできてやったんだ」
龍一は早くしろと言わんばかりに椅子を引き寄せた。
「期末テストがなんだ。あんなもの公務員になる人のためのもんだ」
罫太はきっぱりと切り捨てた。インテリっぽい顔つきには似合わない屁理屈を述べた。
「赤点取るよりましだと思いま~す」と水奈は挙手して反論した。
「別に赤点を取ろうとは言っていない。上々の出来を目指す。一位を目指すわけじゃない。二位を目指すわけでもない。俺は中間を目指すべきだと思っている」
「葉金、騙されるなよ。彩原さんってこれでも結構上位組にいるんだよ」
「これでもってどういうことよ」と挙げた手をそのまま龍一に振り下ろした。その手は龍一の肩に軽く触れた。
「見た目に反してと言うか、何と言うか……」
「式澤君は私がバカに見えるんだ」と水奈は上目遣いで覗き見てきた。
こんなに可愛い子が頭いいのは反則だろ、と脳内を駆け巡る。声に出してしまえばどれだけ楽になるだろう。言ってしまえばキモい男だと悟られかねない。
龍一は口を真一文字にしたまま、今度は座っていた椅子を二人から引き離した。
それが水奈には逃げたように見え、反射的にキャスターを転がして追いかけていく。
「イチャイチャするな!」
珍しく大声を上げた罫太に二人はピタリと止まる。そしてまるでRPGの勇者一行のように水奈を先頭に二人だけのパーティーを編成した。角は直角に曲がり、スピードを等間隔に合わせて元の一角に戻ってきた。
「式澤は勉強の時間が欲しいのだろう?」
「ああ、あるに越したことはない。次のテストは絶対に赤点を取らないようにしたい。それだけじゃない平均点を上回りたいからな」
「その割には余裕だよな」というと罫太は机の上に裏返されていた紙をかざした。それは確かめずともすぐに分かった。二枚綴りの紙は角をホチキスで留められていた。
「いつの間に」と龍一は口を出さずにはいられない。
昨晩書き込んだメモ紙、企画書である。
「こういうのを作っているから時間がないのだろう?」
「どうして?いつ取った⁉」
龍一はそれを奪い上げようと飛びかかった。だが、こういう時の罫太は恐ろしく反射神経がいい。簡単にかわすと企画書をめくり上げた。
「よく練られた案じゃないか。僕らのアプリを向上させるにはとてもいいものだと思ったよ」
「何々?見せてよ」と水奈が面白がって企画書をせがんだ。
「ほら」と罫太は上部から投げ渡した。
水奈は上空で見事キャッチすると二枚だけの企画書を読み始めた。
「これ、ページワンね。遊んだのはいつ以来だったかしら?」
龍一は観念し、企画書をゆだねることにした。どうせ二人には披露するつもりで書いてきたものである。どのような指摘をされるか興味もあった。
「ここに書いてあることって、つまり今までのルールを変えるってことなの?」
「まあ、そう言うことになるかもしれないけど、大筋は同じだと思う。今まではキャラクターは4種類しかいなかっただろう。前々から言っていた増産をここ辺りでやろうかって思ったんだ」
「確かに今までは試験段階だったから、まだ少なめだったよな。でもどうやって増やすか考えていなかった」と龍一の説明に罫太が被せた。
「だからトランプを触っていて思ったんだ。今までの4種類はトランプのマークのようだって。その4つを分類化できればさらに数を増やせるんじゃないかって。ページワンは同じマーク内で数字の大きさを競うだろう?スペードで戦うのなら同じスペードでも大きな数字が勝つ。その時ハートは参戦できないわけだ」
「確かにそういう見方もできるよね」と水奈が感心して相槌を打った。
「だから、俺たちが作ったアプリゲームもそれでいこうよ。属性のタイプでプレイヤーを判別するっていうのだよ」
「でも、それをやると例えば同じ属性のプレイヤー同士しかバトルが出来なくなったりする。そうなってしまえばバトルが委縮してしまうじゃないか?」
「俺が考えたのはその逆だ。同じ属性同士は戦えない。別の属性同士で戦うことができる。すると自然に四つの勢力になるだろう?確かに数字的に考えれば違う属性同士しか戦えないという設定にした場合、対戦できる可能性は今の四分の三に下がるけど、これはプレイ人数の絶対数を上げるにはいいものかもしれない」
「なるほど。プレイヤー同士の戦いを超えて勢力バトルに持っていけるわけだ」
「ここに書いてあっただろう?」と龍一はいつの間にか渡ってきた企画書をかざして訴えた。
「正直文字が雑過ぎてよくわからなかった」と罫太は頭を掻いた。
「そうかよ」
二人の言い争いの間を水奈が質問した。
「でも、それがどうしてプレイヤーの絶対数が増えることに直結するの?あくまでもゲームの世界で四つに分かれただけじゃない。確かに団体戦になるのは魅力的かもしれないけど、それとプレイ人数が増えるというのはどうも一緒のような気がしないんだけど……」
「ガチャってあるだろう?言ってしまえばくじ引きだよ」
「課金って言葉聞くよね」
「プレイ開始時にランダムに属性を振り分けるんだよ。君はダイヤで君はハートだってね」
「それじゃあ、一度振り分けられたら変えられないわけね」
「おい、例えばこういうのはどうだ!」と罫太が名案を思い付いたようだった。
「くじ引きなんてランダムなものは使わずに、生年月日から属性が決まるというのは?それなら俺は何の属性だけど、式澤は何だろう?って周りの人に興味を持たないか?」
「なるほど……」龍一は顎に手を当てて考えた。
くじ引きのランダム性に比べてその方が確かに興味は一層に沸くだろう。だが……。
「だが、それだと、一月一日はハートで、一月二日はクラブって決まったパターンを並べられないか?そうしたらゲーム開始の前の楽しみも半減しそうだけど」
「例えばの話だよ」
「いいわ。いい。それって楽しみ」と水奈がひと際興味をもって食いついた。
「思ったんだけど、生年月日や血液型、出身都道府県、氏名の字画数、性別とかの組み合わせでパターンを作ってさ、当てはめるのってどう?これならパターンを読まれないかもだし、占いの分類みたいで知り合いの属性とか知りたいと思うかも。血液型占いとか星座占いみたいにさ、決められた分類じゃなく、動物占いみたいに面白い種類を当てはめるのよ」
「それはいい。それなら自然とキャラクターの種類を増やせるぞ」と罫太も満足そうにしていた。
「面白そうだけど、大変じゃないか?」
つい龍一は否定的な言葉を述べていた。内心では新たなアイディアに高揚感に満ちているはずなのだが、思考のどこかが変に働くのだ。その正体に気が付けないのだが、微妙な感触が脳内に現れては消えるのだ。
「そうだな、分類数にもよるんじゃないか?さすがに千種類とまではいかないだろうけど、工夫によっては可能だね」
罫太は早速手帳にメモしながら思案していた。
「例えばさ、まさにトランプだよ。あれは4つのカテゴリが13種類あって52枚。そしてジョーカーのプラスアルファだろ。この場合は13種類のキャラクターとジョーカーの分だけを作ればいい。13枚は4種類の属性に分かれ、どこにも属さないジョーカーという形じゃないか」
なるほどと聞いていた二人は思って聞いていた。
「彩原さんはどれくらい描けるの?」と罫太は試しに訊いてみた。
「う~ん」と水奈も龍一のように顎に手を当てて考え始めた。大した質問ではなかったはずが、彼女は答えを出しあぐねていた。
「もちろん、すぐに描いてほしいとは言わないけど、これを実行するならどれぐらいになるか知りたいしさ」
「難しいね。テーマが決まっているならできると思うよ。今のアプリのキャラクターだって霊獣がテーマだったからサラサラ描けたんだよ」
「じゃあ、こちらからテーマを出した方がやりやすいのだね」
罫太は腕を組みながら龍一を見た。
どう反応したら良いのかわからないまま、龍一はただ罫太を見た。
「式澤、お前具体的なテーマを示してやれよ。そうだな……できれば、三日以内がいいな。それぐらいあれば彩原さんのインスピレーションも余裕をもって取り組めるだろう。俺はシステムに関して忙しくなるだろうから今回は口を挟まないことにするよ」
「いや……俺には勉強が……」
煮え切らない様子の龍一に罫太はとどめの提案を放った。
「そんなに勉強が気になるなら彩原さんに見てもらえよ」
「え?いや……」
突然の振りに龍一は戸惑った。一瞬のうちにして、頭に様々な妄想が広がってきた。わかっている、そんな妄想事など何の意味もなさないことは。
「それなら勉強の合間にでもさ、どんなものがいいか案を話し合えるだろう?」と罫太の合理的意見はまだ続いていた。
「そんな……付き合わせるのは悪いよ」
もはや恥ずかしくて水奈の顔は見ることはできない。膨らむ妄想にあくせくしている様子がキモい男だと思われたに違いない。
「イヤ?」
尋ねた水奈に龍一は全力で首を横に振った。犬が毛の水滴を振るうような激しい否定の仕方だった。
「彩原さんほどの学力がある人に勉強を教えてもらえるならありがたいです」
自分でも理解していた。この学校の学力は龍一にとって身の丈に合っていないことを。
龍一はサッカーの推薦で入学したので、学力は二の次でよかった。だが、サッカーという帰還点を無くしてしまった現在の龍一にはそうはいかない。彼ら二人と比べて天と地の差があることは重々承知していた。
「本当?」
勉強に付き合わされる身からすれば地獄だろうが、幸い水奈はそんなそぶりを一切見せない。彼女の優しさに龍一は心から救われた気がした。
「いつがいいかな?」
「さっき三日以内って期限を付けたのわかっているよね」と尋ねる水奈に口を出したのは罫太だった。
「じゃあ、必然的に土曜日になるね」
「土曜日。わかった。どこで?」と急に口調がぎこちなくなったのは自分でも恥ずかしいほどに理解していた。
「家にしろ、家」
「じゃあ、市民図書センターは?」と罫太の横やりを無視して龍一が提案した。もちろん彼女の家の部屋で……なんてことは願ってもないことだが、龍一は自分なりに節度というものを持っていると自負していた。せっかくの青春のイベント事を邪な想いなんかで汚したくはない。
「あそこなら近いからいいよ」と水奈はいかにも楽しみな表情を見せて笑っていた。
彼女の笑みに心が洗われる瞬間というのはこのことかと龍一は感じずにはいられないでいた。
「決まったな?やれやれだぜ」と罫太がわかりやすいジェスチャーを取った。そして間を開けず更なる注文を押し付けた。
「式澤はこのゲームシステムについてもう少し具体的に詰めてくれないか?さっきの話だと今までのシステムとは一変させるスタイルだと思う。これじゃあ、大型アップデートどころか、まったく別の新作に手を付けているようなものだよ」
現在のゲームシステムは属性分けなどというスタイルは想定されていない。
『四神霊獣棋』というのが千百件ダウンロードを経たというスマホ用ゲームアプリのタイトルだ。システムは比較的単純でそれぞれのプレイヤーは『鳳凰』『朱雀』『白虎』『玄武』という名の駒を持っている。それぞれが将棋の駒のように決められた動きができ、5×5の盤面上を駆けまわるのだ。要するに本将棋を小さくお手軽にしたのが『四神霊獣棋』である。このゲームの特徴は将棋で言うところの『王将』となる駒が存在しないところだった。王将はそれぞれのプレイヤーが四つの駒の中から選ぶ。『王将』となった駒は動けない。だからこそ、配置も自由に行えるようにした。
「四神をそのまま属性にするのはだめかよ?わかりやすいと思うんだけどなあ」
「その分け方は確かに有りだと思うよ。だけどキャラクター数を増やしたところで今のゲームシステムにどう反映させるか全くの見当がつかない。その企画書の属性分けとプレイヤーのランダム分けという部分はゲームのほんの導入部分を検討したものにすぎない。だけど、その導入部分を大きく変更してしまうとゲームシステムもそれに合わせた変更が必要になる。それも『四神霊獣棋』をより複雑にしたものになるだろう」
龍一の指摘に罫太は倍以上の答えを返した。
「そうだよね。占いみたいに自分のキャラクターが決められたのに、まったく動かない王将の駒にされても面白くないよね」と水奈も胸の下で腕を組んで意見を続けた。
「せっかくの勢力戦になるんだから、同じ属性同士で利益を生む仕様を考えてもいいでしょう?色分けされても横の繋がりがないのはもったいない気がする」
「彩原さんもそう思うだろう。だからもう少しゲームシステムに言及する企画を作ってほしいと思うんだ」
龍一は思わず水奈と同じく腕を組む仕草をした。
「それはそうだよな~」
龍一はつぶやきつつ椅子に座ったまま体を反らせた。眼中には天上の蛍光灯が留まるだけで、変哲のない景色が続いている。
「まあ、頼んだよ。龍一君」
「って待てよ。どうして俺に丸投げするんだ。葉金も考えてくれてもいいじゃないか」
龍一は颯爽と上体を起こし、まるで上司のような偉そうな口調で注文を付ける罫太に思い浮かんだ不満をぶつけた。
「俺は無理だ」と簡単に断る罫太だった。
「テスト勉強したいからとか言うなよ」
「まさか、さっきも言っただろう。俺はそこそこを目指すよ。大体さ、期末テストに何の意味があるって言うんだ?大学受験には何のメリットもないだろう?あるとしても推薦を狙うぐらいじゃないか?推薦だとしても最後は面接程度なんだろうけど、その人の学力なんて二の次になるんじゃないか?」
推薦でこの高校に来た龍一には言い返す言葉がない。始まってしまった罫太の偏屈を静かに聞いていることにした。
「例えばそうだよ。期末勉強を頑張るよりも、一芸にしのぎを削るべきじゃないか?目指す専門分野を突き詰めていた高校生活を送った生徒の方が大学側としても受け入れたいと思うんじゃないか?期末を優秀に収めた程度の功績じゃあ、社会にはもっと優秀な人がいるだろう?だから公務員になりたいものが頑張ればいいんだよ。そもそもさ、教師が教える授業なんてつまんないじゃん。教師は教師になりたかったから勉強は大切だって自分の経験に基づいて解くだけで、本当に必要な学問は自分から学んだ方が身に付くと思うんだよ」
ここでようやく罫太のしゃべりに間ができた。呼吸を整えるためか、はたまた次に主張したいことを一端整理させるためか、とにかく罫太にはまだ主張したいことがあるのは確かのように思えた。
「葉金君。それ以上は……」と水奈がようやく止めに入った。
「何だい?彩原さんだって絵描きの特技があるじゃないか。学校で教える学問だけが世の中じゃないってことは思わないのか?」
「思うけど、極論過ぎて聞いていてなんだか辛くなってきた。でも、こうも思えない?将来のこととかわかんないし、みんながみんな才能ややりたいことに気が付けるわけじゃない。だから期末テストであっても頑張るんだと思うよ。ねえ、式澤君」
立場を失いかけていた龍一は水奈の言葉に救われた気分だった。サッカーを自分の誇りにしていた時は罫太の考えだったかもしれない。だが、あの事件があった後であってはもはやその誇りも目標もあったものではない。
その様子をようやく察した罫太は「ごめん」と小さく謝った。
「じゃあ、そろそろ部活にも顔出さないといけないから」と水奈は椅子から立ち上がった。会議の区切りには丁度いいと思ったのだ。
「そうだな。俺もそろそろ」と龍一も水奈に続き立ち上がった。
「話はまだ終わっていない」
「いいよ。どうせさっきの続きだろう」
罫太の引き留めに龍一はすでにうんざりしていた。
「違うよ。俺たちのことだ」
龍一は仕方ないと言ったようにそばにあった椅子に座った。水奈は元の座っていた席に戻っていた。
「話というのは俺たちの関係についてだよ。深いことじゃない。俺はパソコン部だし、彩原さんは美術部、式澤は今もサッカー部に所属したままなんだろう?こんなバラバラな所属のまま俺たちの団体名は何だ?一応『四神霊獣棋』の開発者は俺が適当につけた『ああああカンパニー』だけどこれじゃあなあ……」
「マジか!そんなダサい名前だったのかよ」
龍一は思わず大声をあげて笑った。
「私は何かの冗談でつけた名前かと思っていたけど、葉金君ってもしかしてネーミングセンスゼロ?」
「当然だ。ネーミングセンスどころか発想のセンスは皆無だ」と水奈の質問に罫太は堂々と胸を張って答えた。
「そうか、ようやくわかったぞ。お前が俺にシステムを丸投げする本当の理由」
「そうだよ。理解したか」と少しの照れもなく罫太は言い切った。
「じゃあさ。テストしようよ」と唐突に水奈が提案を促した。そして彼女は「こういうのはどう?」と人差し指を立てて質問を始めた。
「あなたがペットを飼ったとします。それは何でもいいです。そのペットに名前を付けます。何にどんな名前を付けますか?」
「え?そうだな……」と罫太は考え込んだ。
考え始める罫太に「はい」と一枚の緑色の折り紙を手渡した。どうやらこれに書けということなのだ。
「式澤君も」と黄色の折り紙を上に掲げた。一人だけ離れて傍観していた龍一にも戻ってきて参加してほしいという意思表示である。
龍一は素直に折り紙を受け取ると、バッグからボールペンを取り出して、想像力を巡らせた。突然ペットを飼うなんて想像したことはない。実際聞いたことはないが、うちはアパートだからきっとペット禁止だ。
「折角だし二問目!」
「ああ、もう一つあるのか」と面倒くさそうに罫太はつぶやいた。
水奈は気にせずに質問を続けた。
「あなたの好きな歴史上の偉人は誰ですか?」
「何だそれ?発想力とどんな関係があるんだ?」と罫太は茶化した。
「ほとんどないけど、お互いのことがわかる気がして……。だって好きな偉人だよ。少なからず個性が出るじゃん。どんな人を凄いと感じるかって思想が出ると思うんだよね」
「わかったよ。二問だな」と罫太は諦めたように机に向かい、キーボードを縦によけてスペースを確保した。
二分ほどの時間を確保した後、「は~い」と水奈が区切りをつけた。
「出来たみたいだから発表お願いします。じゃあ、私から」と彼女は水色の折り紙をかざした。
「え?そう使うのか?式澤は?」と手渡された折り紙を覗き見た。とある違いにカルチャーショックを受けたのだ。
「こうだけど」と手元でかざした。
「何だよ。お前らそろいもそろって。どうしたらそういう使い方になる」と罫太は自らの折り紙を見せつけた。その違いは一目瞭然である。罫太の緑色の折り紙だけが、白紙、つまり裏側に文字が書かれていたのだ。
「だって、ほら、こっちが表だろう」と龍一は嬉しそうに水奈を見た。ついでに自らの黄色の折り紙をかざしていた。
「ねえ」と水奈もまた頷いてみせた。
「常識的には色のついている方に文字は書かない。お前たちの方が非常識だよ。それに式澤、お前と彩原さんにも大きな違いがあるぞ」
「え?」罫太に指摘され龍一は水奈の水色の色紙を見返した。
言われて確かな違いを理解した。龍一の黄色い折り紙には文字を横に箇条書きしていた。対して彼女の水色の折り紙はというと正方形には使わず、ひし形に、つまり角を上下左右に配置して横書きの文字が並んでいるのだ。
「デザインのセンスは圧倒的に彩原さんの勝利だね」
龍一の言葉に水奈は照れ臭そうに笑みをこぼした。
「悪いが俺にしたらセンスと言うか奇抜でしかない。どうしてこっちの面に文字を書かない?」と罫太は水奈に問い質した。それは意地悪く未練たらしい気持ちがあるわけではなく、単純に疑問として表された質問であった。
「どうしてって、そんな理由……。そうね……あえて言えば……こうやって使えば楽しいじゃない?せっかくの色紙なんだし、綺麗に使ってあげた方が紙としても嬉しいだろうからさぁ」
「嬉しいか……」と釈然としないままに罫太は龍一を見た。それは龍一にも理由を聞きたいというアイコンタクトだった。
「俺はこっちが表だって思って書いただけだから」
「そういうものか?」と自分の色紙をクルクルと片手で回しながら見つめて言った。
「脱線したけど、続けてもいい?」と改めて水奈は自分の色紙に目を向けた。
「まず一問目。ペットの話。私の飼いたいペットは猫。それも白い猫ね。名前はミユキ。好きな偉人はフィンセント様」
「フィンセント様?誰?まさか知らないの俺だけ?」と罫太の顔を見たが、彼もまたその名に覚えがなく頭をかしげていた。
龍一の質問に待っていましたとばかりに水奈はその人物を説明した。
「式澤君も絶対に知っているよ。オランダのポスト印象派を代表する画家。代表作品は『星月夜』『タンギー爺さん』『自画像』よ。わかんない?」
龍一は頭を抱えてその問題に立ち向かった。正直美術に関しての知識はゼロに等しい。知っている画家はほとんどいない。
「わかった。でもそんな言い方するのか?」と罫太が答えを疑った。
「もち、もち」
「式澤、わかんないか?代表作は『ひまわり』だよ」
罫太のヒントで浮かんだ有名画家は一人しかいない。
「まさかゴッホ?」
「そう。フィンセント・ファン・ゴー。好きな偉人だもん、正しい呼び方で答えて当然でしょう?」
「まあ、彩原さんらしいんじゃない」とさして興味なさそうに罫太は返答した。
罫太の冴えない評価に水奈は龍一に目線を送った。
「猫の名前はなんて言った?」とドギマギさせながら改めて回答を聞いてみた。
「ミユキ。白いから深い雪でミユキちゃん。ダメ?」
「ダメじゃないけど……普通だなって」
正直に答えた龍一に水奈は頬を膨らませた。
龍一はたまらず回転いすを回って顔を後ろにそむけた。調子の狂わされる水奈の反則的な表情に面と向き合っていられなかった。
「逃げた。ずるい」と水奈が椅子の背もたれをつかんで回転を加えた。椅子の回転で再び体が正面へと戻ってきた時には龍一の表情も戻っていた。
「さあ、式澤君の答えを聞かせて」
「いや、まあ仕方ないなあ」と机の上に裏返しで置いたあった折り紙を手にした。
「ペットの話なんだけど、ペットを飼いたいと思ったことがないから、多分普通じゃないよ。と言うかペットの飼い方なんてわからなかったから……具体的じゃないけどさ」
さも期待しているような眼で二人は龍一を見ていた。変なプレッシャーを押し付けられている気分だった。
「ペットは狸。名前はレッサーパンダ」
龍一の答えに二人は大笑いした。二人とも期待以上の答えに満足そうだった。
「さすがだよ。式澤」と笑いながら罫太は褒めた。
水奈は笑い過ぎて言葉に詰まっているほどだった。
「でもあれだ。どっちだよ。お前の飼っている生き物は。狸にもレッサーパンダにも失礼だぞ。狸もたまったもんじゃないよ。そんな名前つけられたら」
龍一も罫太のツッコミに気をよくして、二問目の回答を続けて読んだ。
「好きな偉人。リック・グライムズ」
「誰?」と水奈が訊いた。彼女にとって聞きなれない名前だったに違いない。
ただ、今回は罫太もわかってくれているようで「彩原さん、後で検索して」と促した。
「実在していない人物を持ってくるあたりは俺もいい勝負だと思うよ」と罫太が自信たっぷりとメモした折り紙を手渡した。
『ペット:ウニ 名前:じぇじぇ 偉人:半沢直〇』
呼んだ瞬間に「去年の流行を並べただけだ!」と破り捨てた。それでも水奈はクスクスと笑いが込み上げた様子で「ウニって」と呟いていた。言われてみれば罫太のその感性は龍一といい勝負だったのかもしれない。
龍一自身、実は後になって思い出し笑いをしてしまったことは内緒にした。
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