魔法の言葉

水樹 皓

チキチキ正座我慢比べ!

「なぁ、まだか?」

「ああ。そうだな。まだまだだな」

「そうか」


 俺は今、大学の友人の前で正座をしている。


 ……え、何でこんな事をしているのかだって?

 それは――。


「これぐらいで音を上げてたら、1ヶ月後の文化祭のメインイベント”チキチキ正座我慢比べ!”で恥をかくだけだぞ。良いか? 貴様が目指すのは”1位”のみだ! ”1位”の商品”ハワイ旅行ペアチケット”だけだ! それ以外は許さんッ!!」

「まあ、別に今更、そんなしょうもない大会に出たくない――とは言わないし、どうせ出るんなら、そりゃあ1位にはなりたいけどさ……」

「何だ、何か言いたそうだな?」


 友人はその元から鋭い眼を一層鋭く尖らせて、俺の眼を射抜いてきた。普通に怖い。

 だが、ここで引いては何時もと同じ。もう時間もないし、言うなら今しかない。


「あのですね……貴女様はお出にならないのでしょうか?」

「ん? 当たり前だろう?」


 素できょとんとした表情。

 いつもギラギラ眼光光らせてるせいで”あの女、近寄るべからず”と学内で避けられてるけど、今のその顔をしてたら普通に可愛いのに――と、話が脱線した。


「えっと……何が当たり前なんでしょうかね?」

「それは……ゆめ――」

「え――!?」


 彼女にしては珍しく、小さな声だったのでよく聞こえなかった。その為、聞き返そうとしたのだが、少し上体を動かしてしまった。

 結果、既に痺れて感覚がなくなりつつあった足裏からジーンという強烈な右ストレートが……。


「やはり……旅行……プレゼント……男から……」


 彼女はまだ同じ様にブツブツ呟いているが、そんなの脂汗の浮きまくっている俺の耳ん中には殆ど入ってこない。


 そもそも正座の特訓って意味あるのかよってかそもそも正座の我慢比べとか絵面が地味過ぎだろってかそもそもステージの上で正座してる姿を知らん達にジッと見られ続ける何かの罰ゲームなのではってかそろそろ――


「べ、別に私にそんなのが似合わないのはわかりきっている。だから笑ってくれても――っておいッ! まだ1時間も経ってないぞッ!」

「っは〜〜〜! 血が、血が〜〜〜!!」


 耐えきれず、前に倒れ込んだ。

 直後、ドクドクと足先に血が流れる感触。

 良かった……本当に良かった! もしこれ以上正座してたら足の血管決壊してたね。命の危険だったね。絶対。


「……おい。誰が止めていいと言った?」

「いや、でも流石にこれ以上は――」

「よし、初めッ」

「……はい」


 まあ、そんな感じで。意味があるかはさておき、この1ヶ月みっちりと正座の練習をした俺。


「……まさか、本当にここまで残れるとはな」

「フフッ私の特訓のお陰だな! 貴様は直ぐに弱音を吐くからな。やはり、私が常に側にいないと――」


 ……煩いセコンドは一旦放っておくとして。

 文化祭のステージで今まさに行われている”チキチキ正座我慢比べ!”は、俺の予想に反して多く観客を呼び寄せていた。……まあ、それはつまり、俺の正座姿がそれだけ多くの人の目に付いてしまっているということだけど。


 そんな大盛況の”チキチキ正座我慢比べ!”も開始から既に3時間が経過しようとしていた。

 そして、残っているのは、俺ともう一人。前年度のチャンピオンのみ。チャンピオンは流石茶道部と言ったところか。姿勢正しく座れるその姿は、開始から全く崩れていない。


 対する俺も、かなり頑張った方だと思うが、流石にそろそろキツくなってきている。

 俺の自己ベストは3時間27分なので、本番ブーストも考慮して、ギリギリ後30分は頑張れるかと言ったところ。後は、それまでにチャンピオンがギブアップしてくれる事を祈るしかないが……。


「……やはり変化なし……か」

「おいっ余所見をするな! 貴様はずっと私の方だけ見ていろ!」


 コレは……望み薄、か。


「貴様ならまだまだいける! 頑張れ! ……頑張ってくれ!!」


 やばい。そろそろ意識も朦朧としてきているな。

 だって、ステージの下から俺を睨んで、ずっと叫んでいた、あの煩いセコンド。彼女があんな風に目元をウルウルさせて――まるで可憐な女の子の様に見えるなんて。


「よしっ今3時間27分だぞっ! 後3分、後3分だけ頑張れ!」


 そうか。もうそんなに経ったのか。

 ……はぁ。チャンピオンは相変わらずのポーカーフェイスだな。


「後3分だ! 後3分だけで良いから頑張ってくれ!」


 いや、何回も言わなくても分かるって。

 でもまあ、一応3時間30分が目標タイムだったしな。そこまで粘れば、例え2位になっても悔いは残らないだろう。

 その時は、そうだな……自腹で行くか。ハワイ。


「後3分だけだ! 私をハワイに連れて行ってくれ!」


 はいはい。勿論、自腹で行くとしても一緒に連れてってやるに決まってるだろ。何だかんだで、この一週間つきっきりで練習に付き合ってくれたし。


「後3分だけ……3分だけで良いからっ!」


 練習だけじゃなくて、わざわざ買い物までしてきて飯を作ってくれたり、掃除に洗濯にゴミ出しまで……そういや結構世話になってたな。


「後、後3分だけ……そしたらその後は一緒に……一緒にっ」


 練習も今日で終わり。そしたら勿論、彼女も家には来ないだろう……生活できるかな、俺?


「後3分! 後3分だぞ!」


 それにしても、やっぱり正座してると時間の流れもヤケに長く感じるな。後3分になってから、もう1〜2時間は経過してるように感じるけど。

 まあ、でも多分、まだ30秒とかしか経ってないんだろうな。……って、あれ? チャンピオンの表情が……


「本当に後3分、後3分だけで――って……やっ!?」


 チャンピオンの表情がグニャリと曲がった瞬間、俺は顔からステージの床に倒れ込んでいた。

 その後暫くの記憶はない。でも……。


「いいな? 来年こそはアイツを倒して1位を獲得するぞッ!」


 俺は今、また正座をしている。


「フフッ、だが収穫もあった。貴様は、”後3分”と言えば、そこから3時間はもつと言うことがな!」

「……えっとさ? あの大会の時、後3分間コールを3時間ずっとしてただとか、やっぱり貴方様は大会にでないのね――だとかは良いんだけどさ?」

「……何だ、何が言いたい?」


 だから、ソレ。その目つき、怖いんだって。……告白するの、早まったかなぁ?

 ――とまあ、そんな事は今更言ってもしょうがない。


 でも、コレだけは今言わないと。


「何で、ハワイに来てまで正座しなきゃいけないんですかねぇ!?」

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