二
「負の遺伝……」
美波は思わずその言葉をつぶやいていた。
「そうだ。売春婦の子どもがどうなるか、というのを調べるのオブライエン博士の目的だったんだ。そのために莫大な資金をかけて女性たちのその後の行方を調べつづけた。その娘、孫、ひ孫となる君たちの代まで」
美波は背がぞわぞわしてくる。
「オブライエン博士は自分の死後も、そのリサーチを弟子たちに依頼し、弟子たちは師の教えを守って調べつづけ、その弟子たちの次の弟子たちもまた馬鹿正直にそれをやり続けた。娼婦の子ども、娘たちはどうなるか、またさらにその娘たちはどんな女性になるか、ということを半世紀以上、一世紀近くにもわたって延々と調べつづけているんだ」
「だ、だからなんのためによ?」
なんのために、そんな遠大な、異常な研究をつづけたのか。
「学者たちだから、調べた結果を発表したいという願いがあるんだろうけれど……。その結果をもとにオブライエン財団はあるひとつの政策を打ち立てるつもりなんだ」
「政策?」
司城は一瞬だまってから口を開く。
「劣等遺伝子の排除」
今度は美波がだまってしまった。
言葉の意味がよくわからない。
司城は溜息をひとつ吐いた。
「……昔のことだが、デンマークのスプロー島というところに女子収容施設があった」
司城は意識してだろう、わざと淡々 《たんたん》とした口調でつづける。
「そこには軽度の知的障害のある女性と、堕落した女とみなされる女性たちが収容されていた。マグダレン収容所とも似ているが、そこはもっと過酷だ。そこに収容された女性たちは不妊手術の同意書にサインしない限りは外へ出ることが出来ない。そのため不本意ながら不妊手術を受ける女性たちもいた」
「ひどい……!」
不妊手術という怖ろしい言葉が美波の鼓膜に猛毒のように染み込んでくる。
「障害を持った人たちを優生学の見地からなかば強制的に不妊手術をさせる、というひどい話が昔は先進国でもあったんだ。有名な話では戦時中のドイツのナチだが、アメリカでもあったし、ノルウェーやスウェーデンでも。そして日本でも」
「え、日本でもあったの?」
戦争中にはそういうこともあったのだろうか。悲しいことね……、と呟く美波に、
「いや、むしろ戦後の方が多かったようだね。戦後の混乱や食糧事情もあったんだろうけれど、当時優生保護法という法律のもと国も政府もそれを認め、知的障害を理由に強制的に不妊手術を受けさせることを政府が許していたんだ。ひどい例になると最年少では九歳の少女が不妊手術を受けている」
美波は言葉をうしなった。
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