「とにかく、そういう事情だから、雪葉、これからはいっそう気をつけるのよ。なんとかしてここから逃げるまで、身体を守らないと」

 そこで夕子は神妙な顔になった。

「ねぇ、あんた、杉さんかシスターから、何か食べ物か飲み物をもらった?」

 雪葉は考え込むような顔をして首を振った。

「べつに……」

「お茶とかも? クッキーとかチョコレートとかも?」

 雪葉はふたたび首を振る。

「ここで口にしたものといったら、皆と一緒に食堂で食べる物だけよ」

 ふーん、と考え込むように言ってから、夕子は尚も訊いた。

「杉さんが部屋になにか持ってきたこととかなかった?」

「そんなこと一回もないわ」

 美波も夕子もこの場で口には出さないが、先日の杉とシスター・アグネスの会話からすると、たしかに雪葉にはなんらかの毒物が盛られているはずだ。

 だが、ここでいたずらにそのことを話して雪葉を脅えさせるのはためらわれた。それでなくともストレスを抱えこんでいる雪葉にこれ以上負担をあたえてはいけないし、食事をせずにいられるわけもないのだ。

「とにかく、これから誰かから何か飲食物をすすめられても口にしたら駄目だよ。口にしていいのは、食堂で皆とおなじものを食べるときだけにした方がいい」

「わかった……」 

「……なんとかして、ここから絶対逃げ出す。あたしたちは実験材料やモルモットじゃないんだから」

 夕子の決意を秘めた言葉に美波も呟いた。

「そうよ」

「そうね」

 雪葉もあわてて言う。

 ここから必ず出る。絶対に学院側の自由にはならない。三人はそう誓っていた。


「下りれるか?」

 窓ガラス下で司城に低い声で問われて美波はうなずき、先日と同じ要領でせまい窓から苦心して外へ出た。先日のときのように地面に落ちずにすんだのは司城が抱きとめてくれたからだ。

(なんだか、ドラマのヒロインみたいね)

 しかも、今の装いは白いナイトウェアである。そんなことを思っている場合ではないというのに、美波は自分がジュリエットになったようで内心照れた。

(本当にそれどころじゃないわ)

 司城からは連絡を取るために最近では若い世代が持つにはめずらしい携帯を預かっており、ガラケーと呼ばれるその携帯で、美波は話したいことがあるからとメールで知らせたのだ。

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