魔界から聞こえてくるようなシスター・アグネスの言葉が、美波には信じられなかった。

 美波はもはや身体の震えを止めれない。

 魔女の館に迷いこんでしまった童話のヒロインになった気分だ。夕子が強く手をにぎってくれていなかったら恐怖に悲鳴をあげていたろう。

 夕子が人差し指を口にあて「絶対、声を出したら駄目」と目で伝えるのに、美波は震えつつもうなずく。

「それにしても不思議ね。もともといらない赤ん坊だったはずなのに、それでもあんなふうに怒るなんて……。大人しそうな子に見えたんだけれど」

 彩花のことだろう。一歩ずつ階段へと戻りつつある美波たちの耳にシスター・アグネスの声が追いついてくる。つづいて杉の溜息まじりの声も。

「まぁ、それが母性というものなのかもしれないわ。父親の知れない子でも、やっぱり産まれてくると手放したがらない生徒もたくさんいたし」

「なにが母性よ。あばずれ連中が」

 シスターらしからぬ棘のある言葉。

「ここへ来る連中なんて、ほんと、どうしょうもないわね。真面目そうな顔して、いい所の娘だっているっていうのに……、結局やっぱり堕落した女たちよ」

「あら……、でも、そういうあなただって」

 ここで杉の口調にはすこし微妙なものが混じる。

「私は別よ。私は……選ばれたのよ」

「まぁ……そうね。学院長に選ばれたんですものね」

 深夜に魔女二人が交わす会話は奇妙な流れになった。

「いいえ、神父に選ばれたのよ。それは神に選ばれたということよ。そうでしょう?」

「……まぁ、そうね」 渋々というような杉の声。

「それより、雪葉の方、急がないと。最悪の場合、生まれてしまったら、……別の処置をしないといけなくなるわ」

 美波の背はまたこわばった。

「……養子じゃ駄目なの?」

「本人が手放したがらないでしょうよ、あの様子だと」

「父親の方は?」

「なんとかしてみるとは言っておいたけれど、どうにもならないときは、残りのお金はもらえないわね。そうなるとちょっときついわね。最近、本部も理事長が変わったせいか、この学院への助成金を出したがらないのよね。時代が変わったんだから、そろそろ方針を変えたいとか言って」

 美波は口から心臓が飛び出そうになっていた。

(なんなの? なにを言っているの、あの人たちは?)

 夕子とともに、ほとんど階段を四つん這いになって這うようにして上がっていった。

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