早く逃げないと。早くあの恐ろしい魔女たちから逃げないと、という想いでいっぱいだった。


「い、いったい何なの、あの人たち……! 何言っているのよ?」

 二階あたりまで逃げてくると、どうにかその言葉を吐いた。

「しっ!」

 夕子に引っぱられるようにしてどうにか三階までたどり着く。

「思っていたのより、もっとひどいね、ここは」

「……ど、どういうことなのよ、あれ」

 会話の内容から察すると、シスター・アグネスは雪葉の子を死なせたいと思っているようにしか取れない。

 いや、それだけではない。かつて彩花の死にもかかわっていたことは間違いない。彩花は飛び降りて死んだことは事実だが、シスターによってそう追い詰められたのだ。

 廊下の暗闇のなかで、夕子は小声で囁いた。

「雪葉のお腹の子の父親の要望なのよ。そのために学院はお金をもらっているんだ」

「ど、どういうことよ?」

 美波は泣きそうになっていた。

「お腹の子の父親は、きっと子どもを産んで欲しくないんだよ。それで、学院側に内密に処置してもらうように頼んだんんじゃない? 勿論、母親である雪葉はそのことを知らないでいる。……雪葉はきっと何も知らず、無事赤ちゃんを産むことだけを願ってここへ来たんだと思う」

「そ、そんな……! 母親の気持ちを無視して子どもを……堕ろさせるなんて、していいの? 犯罪じゃないのよ、それ」

「そう。犯罪だって。ここはそういう所なんだって」

 夕子はあっさり言ってのけた。


「どう、赤ちゃんの様子?」

 翌日の夕食後、美波は美香が休んでいる一階端の部屋をおとずれた。

 美波を一目見て、美香はやややつれた顔で微笑んだ。こんなふうに美香が笑うのを見たのは初めてな気がして、、美波はすこし面映おもはゆい。

「元気みたい。すやすや眠ってる」

 美香の隣のベッドには小さな古いベビーベッドがあり、そこでは生まれて間もない赤ん坊が心地よさそうに眠っている。

 こんな設備らしい設備もない所で赤ん坊の健康に問題ないのかと心配で仕方なかったが、幸いにも赤ん坊はすこやかな眠りをむさぼっている。

(健康な子で良かった)

 美波は心から安心した。

「男の子? 女の子?」

「男の子だって。良かった……」

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