「だけど、ここってたいした医療設備もないんでしょう? 大丈夫なのかしら?」

 誰かのそんな囁きが終わったあと、甲高い声が部屋にひびく。

「罪の子は産まれないほうがいいわ」

 一瞬、部屋じゅうが凍りついた。

 声の主はレイチェルである。

 ベッドに腰かけ、皆の注目を浴びても平然としている。

「ひどいこと言うわね」

 美波はそう言わずにいられなかった。

 そばで夕子がナイトウェアの袖を引くが美波は退かなかった。

「あら、だって本当のことでしょう? お腹にいるのは父親の知れない罪の子よ。生まれてきちゃいけない子なのよ」

 今は眼鏡をしていない細い目が、冷酷に光る。

「それが神の教えなわけ?」

 美波は自分でも驚くほどの憎悪が口から吹きだすのを自覚した。

 睨みつけた相手の顔色がすこし変わる。ジュニア・シスターである自分にたてついてくるなど想像していなかったのだろう。

「ねぇ、神の教えなわけ? 聖書にそう書いてあるの?」

「そ、そうじゃないけれど……、でも、シスターたちは」

 レイチェルの目に怯えが走る。案外、気が小さいのだ。

「どのシスターよ。誰が言ったのよ?」

 美波は自分の声も甲高く響くのを自覚した。

「な、なによ。だって父親の知れない子なのよ。姦淫によって生まれた子じゃない。聖書は姦淫を禁じているのよ」

 姦淫、というやけに古い言葉がレイチェル、いや裕佳子の口から出た瞬間、美波のなかでも残酷なものが生まれた。美波はベッドから立ち上がっていた。

「姦淫で生まれた子は生きてちゃいけないわけ?」

「……そうよ、生まれてきてはいけない子よ。生まれながらに汚れた存在よ」

 その場にいた、夕子をふくめて数人の生徒たちが固唾かたずを飲んで二人の行動を見守っているのがわかる。

「あんた知っているの?」

 美波はもう口を閉じることが出来なかった。

「な、なによ?」

「あんたも姦淫で産まれた子なのよ」

「え?」

 裕佳子の顔が変わる。目をぱちぱちとさせ、頬の雀斑そばかすが揺れる。

「なに言っているのよ?」

 おさえていた激しい憎悪と嫌悪が口からこぼれていくのを美波は止められない。

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