晃子だとて自分が病気だと完全に思いこんでいるのではないだろう。人が言うからそういうものだと思っているのかもしれない。

 昨夜の夕子と同じく、これも洗脳されている状況に近いのではないだろうか。

 美波はすぐそばに立っている友人が、ますます別の見知らぬ人間に思えて怖くなってきた。だが、思えば洗脳などという言葉が頭にすぐ浮かぶ自分もかなり感化されてしまっているのかもしれない。

「そんな、そんな……」

 だが怯えのあまり口をパクパクさせながらも、美波は問わずにいられなかった。

「よ、余計なことって、何を言ったの?」

「夢の話」

「夢?」

 そう、と言って晃子はうなずいた。

「……夢。夜、シスターが私の部屋に来て、ベッドに入って来るんですって言ったの」


 美波は数秒黙りこんでしまった。

 そのシスターはもう聖ホワイト・ローズ学院にはいないという。

「オーストラリアの本部に帰ったけどね」

「……」

 美波はなんと言っていいのかわからない。

 シスターがベッドに入ってくる? この場合、添い寝したとかいう意味でないことはすぐ判った。

 晃子の言わんとするところは、一種の虐待――性的虐待を受けたということだろうか。

 だが、果たして女性が少女を性的に虐待することなどあり得るのだろうか。さすがに日本ではあまり聞いたことがない。まだ高校生の美波が知らないだけなのかもしれないが。

 だが……美波は晃子の話をもう一度考えてみた。

 学院にとって良くないことをしたり言ったりすると、おなじ系列の精神病院のような所に入れられてしまうということか。

「ねぇ、ここの経営者って、なんていう人なの? 学院長じゃなかったの?」

「学院長はこの学院の責任者だけれど、上司っていうのか、もっと上の人はオーストラリアにいるんだって」

「……なんていう人?」

「うーん……たしか、なんとかオブライエンっていう人だって、病院の人が言っていた」

「オブライエン?」

「そう。学院長の義理の父か、養父だとか。その病院て言うのは、小さくて、お医者さんと看護師さんみたいな人が二、三人しかいないんだけれどね」

「そんなところで過ごしていたの?」

 正式な医療院というのではなさそうだ。

 聞けば聞くほどおかしな話で、美波は晃子の言うことがなかなかみこめない。それでいて、その話が決して晃子の作り話でないことは本能的に気づいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る