自分はつくづくとんでもない所に来てしまったのだと美波が暗澹たる気持ちになってきたとき、ドアが小さく開かれた。

「終わった?」

 入って来たのは美香だが、やけに顔色が悪い。

「もうほとんど終わり」

 最後のカーテンを晃子がバスケットに入れる。

 美波は美香が額に汗をかいているのに気付いたが、それは暑さのせいではなく、疲労のせいだろう。

「大丈夫? 顔色悪いわよ」

「大丈夫じゃない。……あ―、私も雪葉みたいに休みたい」

 雪葉は今朝も具合が悪く、杉に頼んで別館の部屋で休ませてもらっている。美香も休みたいと訴えたのだが、そうなると人手が足りなくなるので、仕事をするように言われたのだ。どうしても我慢出来なくなれば休憩を取っていいとは言われたが、こういう状況で働かせるやり方は非道な気がする。だが「妊娠は病気ではない。また、仕事をすることによって罪が清められる」というのが杉やシスターたちの変わらない言い分である。

(この学院は……本当に異常だわ)

 美波は無言で美香に部屋にあった椅子をすすめてやりながら、そんなことを思っていた。


 その夜の夕食も美味しかった。鯵のフライにポテトサラダ、お味噌汁、それに食後には一杯だけコーヒー、紅茶などの嗜好品しこうひんがゆるされ、デザートに手作りのプリンも出された。プリンに添えられたハーブの香が清々しく、胃に心地良い。

 朝、昼といたって質素な食事で、間食もなくお菓子もほとんど食べれない状況なので、この夕食は本当にありがたい。生徒たちの顔も夕食時だけは華やぎ、皆年相応にあどけない顔になっている。

 だが、そこでまた奇妙な物音がひびいた。

 立ち上がって食堂を出ていくのは雪葉である。夕方に見たときはかなり回復していたのだが、また具合が悪くなったのか、顔が真っ青だ。美波は心配になって追いかけた。

「雪葉、大丈夫?」

 トイレの個室でえずく苦しげな音がたち、しばらくすると雪葉はよろよろと出てきた。

「……お願い……」

「え? なに?」

「パパに連絡して。……迎えに来て。私、このままだと死んじゃうかもしれない……」

 大袈裟おおげさね、と笑うこともできず、美波はとにかく雪葉を支えて部屋に連れ戻すしかない。

「大丈夫なの?」

 後から来た晃子も手伝ってくれて、二人で支えてどうにか階段を上がって雪葉の部屋に連れていく。杉は、様子を見にも来ない。

「お願い、パパに電話して」

 もう一度雪葉は同じことを頼んできた。無理、という代わりに、美波は複雑な顔をしてみせるしかない。

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