三
「……」
「子ども欲しいと思えないし、もともと男の人好きじゃないし。……悪い血を伝えたらいけないんだって」
悪い血、という言葉に美波は違和感をおぼえた。以前、夕子としゃべっていたときにも感じたものだ。
「誰から聞いたの?」
訊いたあとで美波は、晃子が口をひらくまえに答えを直感した。
「学院長ね。学院長がそう教えたのね」
無言はこの場合、肯定だろう。
夕子とおなじだ。晃子もまたゆがんだ価値観を押し付けられ、自己否定に走ってしまっているのだ。だが晃子からはさほど悲壮感がただよってこないのは、彼女のすべてをあきらめて流されるままに生きている姿勢のせいだろうか。
「今からそんなふうに考えたら駄目よ」
自分でも、まるで一昔前の青春ドラマのヒロインの台詞のように思えて、言っていて
「まだ十六、七じゃない。まだ先のこと決めつけるのは早過ぎるわよ。……え?」
晃子は首を振る。
「私十九よ」
一瞬、時間が止まった気が、美波はした。
「え? ええええ?」
「子どものとき、ネグレクトっていうのかな、親にほっとかれたせいか発育悪かったし、勉強も遅れてて……。それと、病気のせいもあって……ここへ来て半年したころ、病院に送られたの」
「びょ、病院て?」
「ここから車で三十分ぐらいのところにある病院、というか療養所みたいなもの。経営者が同じなんだって。小さい建物で、そこに一年ぐらい入れられていたのよ」
「な、なんで」
晃子は困ったなぁ……、というふうに小首をかしげた。絵のように美しく見える。
「病気だから」
「え……例の?」
前に聞いたカンジタ病のことだろうかと問う美波に晃子はまた首を振る。
「心の病気なんだって。心が弱いと悪魔に
美波は夏の昼前だというのに肌寒くなってきた。一瞬、晃子がまるで別人に思えた。
「な、何言っているのよ……」
「だから、そういうことなのよ。……つまり、言っちゃいけないこと言ったり、余計なことに首を突っこんだりすると、病院送りにされちゃうのよ。……私みたいに」
すべてを捨ててしまった者の顔で晃子は淡々と言う。その間も彼女の手は動きカーテンをたたんでバスケットに放りこむ。
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