三
話のなりゆきに、とまどっているのは雪葉だけではない。だが美波は別のことで胸に疑問が生じていた。いや、疑問が解けかけてきた。
なかなか
「そ、その子はどうなったんですか?」
雪葉の唇は震えている。
「……お気の毒なことに……」
そこで学院長は溜息をついて胸前で十字を切った。どこか白々しく。
「本当にお気の毒なことに流産されて……。悲しいわ。ですが、それも神の思し召しです」
全員、その言葉に静まりかえって呆然としていた。真保も打たれた痛みも忘れて呆気に取られている。
そんな生徒たちを見まわし、学院長はもう一度告げた。
「仕事に戻りなさい」
黒い背中がドアの向こうへと消えたとき、誰かが息を吐く音がひびいた。
「雪葉……」
最初に声をだしたのは晃子だった。
「雪葉の言うパパって、お父さんのことじゃなくて、別のパパってことなの?」
数秒の沈黙。そして雪葉は憮然とした顔で答えた。
「そうよ」
パズルのピースがひとつ、ぴたりと嵌まった。
雪葉が生まれ育ったのは札幌市の繁華街で、古びた飲食店が立ち並ぶ猥雑な通りだという。北の街の片隅のささやかな不夜城で、雪葉はどこからか聞こえてくる酔っ払いの下手な演歌を子守歌がわりに育ったという。
雪葉の母はちいさなスナックを経営していたが、母子二人の生活はけっして楽ではない。父親の顔を雪葉は知らない。母と住んでいた中古のマンションに、時折り母が連れてくる男たちをひととき父と呼んだことはあったが、やがて彼らは去っていく。そういった生活を雪葉はべつに寂しいとも悲しいとも思わなかったそうだ。
中学生になったころから雪葉は小遣い欲しさに男遊びをするようになった。とはいうものの、最後の一線は越えないところでおさえていた。
雪葉はすでに中学生で自分が美しい少女であることに気づいていたからだ。さらに美しくなるためには金がいることも、また美しくあることで金が得られることも雪葉は知っていた。住んでいた場所が、周囲の大人が、なにより母がそれを雪葉に教えてくれたのだ。
(安売りするんじゃないよ)
母は何度も雪葉にそう教えた。
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