五人が見ている前で学院長は腰のベルトを取ると、なんとそれを鞭代わりにして真保の差し出された手を打った。

「ひっ!」

 全員がいっしょに打たれたように肩をすくめた。美波は見ていて信じられない想いだった。

 肉を打つむごい音はさらにつづく。五回鳴ると、やっと終わり、学院長は背筋を伸ばすと全員に向かって命じた。

「早く仕事をしなさい」

 凍った青い目からは冷気が漂ってきそうだ。

 きびすを返し、食堂を出ようとした瞬間、学院長の目は椅子に座りこんでいる雪葉に向けられた。

「あなた、なにを座り込んでいるんですか?」

「あ、あの」

 そのときになってようやく美波は声を出すことができた。

「雪葉は、妊娠中で、その、悪阻があるみたいで、具合が悪くて……」

 フン、と学院長が鼻を鳴らす音が聞こえそうだ。

「妊娠は病気ではないでしょう? それに、すべてはあなたの犯した罪の報いなのですよ」

 青い目は雪葉を睨み、それから美香のふくらんでいるエプロンを見る。そこに宿る生命をさげすむ目だ。

 どうして聖職者が、いや、女性が、血の通った人間が、あんな冷たい目で無垢な命を憎むことができるのか。美波はふしぎで仕方ない。

「あ、あの……」 雪葉が口を動かしていた。

「なんですか?」

「お願いです。パパに……保護者に電話させてください」

 子猫のようにびくつきながらも、それでもかろうじて雪葉の目は、怒りのせいか牝虎のように激しくたぎってきた。側で見ている美波は、雪葉が心配でもあり、頼もしくもある。

「駄目です」 にべもない返事。

「お願いです。パ、パパがこの現状を知ったら、ぜったい私を引き取るはずよ。こんなの、普通じゃないわ! 聞いていた話と全然ちがうわ!」

「話してあったとおりですよ。あなたの〝パパ〟にね」

 学院長の声には奇妙な含みがあり、その目は悪意と侮蔑にゆがんで見える。

「あなたのパパは、ここの現状をよおくご存知ですよ。なんといってもあなたのような子を送ってきたのはこれで二回目ですからね」

「え……?」 

 雪葉の白い顔にとまどいが浮かんだ。

「おや、ご存知ないの? あなたのパパは前にもこの学院に〝娘〟を連れてきてくれたのよ。ここへ来たとき、やっぱりその娘も妊娠三、四ヶ月だったわね」

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