「ほら、これ入れて。次回はあんた一人でやってよ。って、言っても、すぐ終業式だから、明日だけだけどね」

 美香のそう話す声を聞いて、すこし美波は救われた。

 そうだ、明日が終われば終業式で、夕子のこんな辛い姿を見ることもないのだ。とはいっても、そうなると自分も別館に移動し、立場は夕子や美香といっしょということになるのだが。それでも他の生徒たちと顔を合わせることがないなら少しは気が楽かもしれない。

 ひどく惨めに見える夕子の背中を見送りながら、今日と、明日一日の辛抱よ、と美波は内心で呟いていた。


 終業式、といってもたいしたこともなく、講堂で学院長の話を聞き、「神の教えをまもり、節度ある生活を守るように」と、ありがちなお説教のあと解散となる。

 生徒たちは皆はずんだ足取りで寮へと向かい、それぞれ返された私物を大事そうに持って友人たちと別れの挨拶を交わすと、正門へ向かい、この日だけは全開になっている門から堂々と出ていく。門の左右には灰色の制服すがたの二人の守衛が無言で立っている。

 そんな生徒たちの背中――制服を脱ぎすて、私服に着替えた背中を、美波はやるせない想いで見送っていた。

「美波、ほら、あっちよ」

「うん」

 美波は晃子とつれだって別館へ向かう。

 七月の午後の光に照らされた庭木や芝生は緑の霞を放ってきらめき、こんなときでなければ美しさに目を奪われたかもしれないが、この石畳の果てには、あの陰気な建物があるのだ。そこで自分たちはどんな夏を過ごすのだろう。

「あそこで仕事するんでしょ、わたしたち?」

 着替えを詰めたバッグを背に負い、やや前かがみになった姿勢で、うんざりしたように、美波は見えてきた建物を眺めた。

「そう。あそこに寝泊まりして、学院じゅうの掃除をして、シーツやカーテンを洗って。ご飯も賄い場で自分たちで作ることになっているのよ」

 昨年も経験したという晃子はくわしい。

「ふうん。……材料とかは買い出しに行くの?」 

 もしかして外に出れるか、と美波は一瞬期待したが、あっさりと期待は裏切られた。

「業者の人が配達に来てくれるわ」

「あ、そう」

 見るからに落ち込んだ美波をどう思ったのか、晃子が取りなすように言う。

「別館で特別奉仕すると、いいこともあるのよ」

「いいこと?」

「プレに推薦されるかもしれないし、そうなったら、ジュニア・シスターになれるかも」

 それがいいことなのだろうか。美波は自問してみる。

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