五
(私は、外の世界の人間とやっていくのは……純粋で繊細過ぎるんだ。そうよ、私は傷つきやすくて繊細なのよ……だから)
外の汚れた世界よりも、神を身近に感じられるこの学院のほうがずっと裕佳子には幸せな場所だった。両親も、裕佳子が手紙でこの学院でうまくやっていることを知って満足し、夏期休暇に帰らず神のそばで学びたいという裕佳子の意志を尊重してくれている。
(私は、レイチェルとして、神のそばで貴い生き方を学ぶのよ)
レイチェル、という名を与えらたときの感動は忘れられない。
その名を学院長から告げられたときは、裕佳子の今までの短い人生で一番かがやいていた瞬間だった。
名前を変える、もしくは別の名前をもつということがこれほど刺激的なことだとは思わなかった。まるで生まれ変わったような、別の人生を生きることができるような。伝統芸能の役者などが襲名式で名前をかえるような高揚感を裕佳子は味わっていた。
裕佳子は文字通りレイチェルとして生まれ変わったのだ。
この学院では誰も裕佳子を嘲弄したり、見下したりしない。皆が裕佳子に一目置き、裕佳子の言うことに逆らわず、なんとか裕佳子の機嫌をとろうとする。小瀬夕子のように生意気な生徒もいるが、彼女はそのせいで罰を受けた。
(いい気味)
傷だらけの夕子の顔を思い出し、裕佳子は満足感にうっとりとした。自分はここでは王女なのだ。女王である学院長の
(私は間違っていないもの)
中学生で男の子といちゃいちゃしたり規則を破って平然として、影で煙草を吸っているような連中がいばりちらして弱い者苛めをしてゆるされるている世間のほうがまちがっているのだ。犠牲者の裕佳子が責められたり馬鹿にされたりする世界などおかしい。
この学院こそ正しい世界なのだ。
裕佳子はそう信じている。
「洗濯物、出してください」
朝、ドアを開けると、そこにはいつものように汚れ物を取りにきた山本美香がいた。予想はしていたが、美香といっしょにワゴンを押している夕子を見て美波は一瞬、動揺した。
美香とおなじく作業用の白いエプロンをつけている夕子だが、相変わらずその顔の傷跡は痛々しく顔をさらしながら、寮生たちの汚れ物をあつめるという屈辱的な作業をしなければならない夕子が哀れでしかたない。
美波の視線を意識してか、夕子は目をそらす。夕子のそんな弱々しい態度に美波はいっそういたたまれなくなる。
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