「そ、それ、嫌じゃなかったの?」

 声が大きくならないように気をつけながら、美波は訊いていた。

草を抜こうとしながらも、もはや真似だけで、籠のなかに集めてある雑草はあまり増えない。

「嫌っていうか……まぁ、好きじゃなかったけれど、私がそれを引き受けてあげたら、田原――その不良だけど、そいつが喜んでくれるから」

 喜んでくれるから、断れなかった。

 目が霞んできた。

 決して好きではない相手でも、喜んでくれるなら、拒絶できない晃子。それほどに、人の情に飢えていたのだろうか。

「……お金もらっていたの?」

 どうしても訊かずにいられなくなり、美波は訊いてしまう。晃子は首を振る。

「私はもらっていなかったけれど、でも、時々田原がネックレスとか服とか買ってくれたり、ご飯もよくおごってくれたから、あいつがもらっていたんじゃないの?」

 美波は暑さのせいだけではなく、額や背にひどい汗を感じる。目がぐるぐるしてきそうだ。

「そんなんでいいの? 腹立たないの?」

「うーん……。でも、他の男の子たちも皆喜んでくれたり、優しくしてくれたりしたし」

 何かがおかしい。

 晃子はいい子だ、と美波は思う。こういう話をしていても嫌いにはなれない。頭も決して悪くないはずだ。しかし、何かがおかしい。彼女には何かが欠落している気がする。

 美波がもう少し大人だったら、晃子の欠落の原因を幼少期の親にネグレクトされて見捨てられたという過酷な体験のせいだと推測したかもしれないが、しかしそれだけで片付けられないものもたしかに彼女にはある。

 そして、晃子ほどに過激ではないにしても、美波の周囲の、比較的めぐまれた環境で育てられた少女たちのなかにも、晃子のような目に合わされた、というか、ときに自らそういった陥穽かんせいに落ちていった少女も――社会的にはきちんとした家庭に育っていても――確かにいるのだ。

 早春の季節に先がけて早く蕾を開かせ、優しい蝶よりもあえて凶暴な蜂たちに蜜をあたえてしまい、後から蕾をほころばせた花が咲きひらく時期には、蜜も尽き、残った花びらも毛虫に喰われて春の盛りに枯れてしまう定めの花のような少女が世間にはいる。

(晃子は……男の子たちの実験台みたいにされたんだ……)

 抜いた草の土を振り落としながら、美波はなんとも苦い想いになってきた。

 少年たちは晃子の弱さと寂しさに付けこんだのだ。それも晃子が納得しているのだからしょうがないと言われるかもしれないが、それにしても腹立たしい。

 美波は見知らぬ彼らに苛立ちと怒りがこみあげてくるが、どうしても気になることがあって訊いていた。

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