「それで、その母親もある日突然、何も言わずいなくなっちゃって。前にもそんなことがあったから、そのうち帰ってくるかと思っていたけれど、三日たっても四日たっても帰ってこなくなっちゃったのよ」

 わずかに置いてあったお金もなくなり、食べるものもなく、ゴミ溜めのようなアパートの部屋でぽつんと座りこんでいた晃子を、心配して訪問したその担任教師が世話をやいて養護施設へ入所させてくれたのだという。

 そんなふうに面倒をみてくれた教師がいるだけ晃子はまだ幸せな方だったろう。そういう大人が周りにまったくいない子どもも、不幸なことに今の日本には大勢いるのだそうだ。

 その養護施設から学校へ通うようになり、そこではいろいろあっても食事や風呂の世話をしてもらえたので、以前のように苛められることも少なくなったという。

 だが、中学生になってから晃子が成長に合わせてすこし面変わりしはじめると、以前は揶揄からかったり馬鹿にしてりしていた男子たちの対応が変わりはじめた。とくに、一番苛めていた餓鬼大将の少年が、べつのかたちで晃子に接触してくるようになったのだ。

「最初はそれほど思わなかったのだけれど……優しくしてくれると、やっぱりちょっと嬉しいじゃない?」

 中学二年のとき、体育倉庫で彼と初体験をすませてしまったのだという。

 蝉の鳴き声が遠くで聞こえた。

「好きだったの、その子のこと?」 

「好き、だと思った。でもね、」

 何度目かの校舎の片隅での逢瀬のとき、相手はべつの少年をつれてきたのだ。彼とよくつるんでいる不良仲間である。

 美波の目はひきつってきた。

「勿論、最初は嫌だと思ったけれど……」

 晃子は薇苦笑してみせる。あの、諦めをふくんだ笑いである。すべてを受け入れすべてを流してしまう笑い。

 その次のとき、また別の少年を。

 美波の目はひきつりつづけた。

 いつの間にかほとんどクラス全員の男子生徒と関係していたことになっていたという。

 そんな生臭い話をしながらも、晃子の横顔は可愛らしく、淡く茶色がかった瞳は宝石のようにきらめいて、ドラマに出てくる清純なヒロインそのものだ。

 後になって知ったことだが、クラスの男子生徒たちのあいだで「童貞を捨てたければ、野川に頼めばいい」という噂になっていたらしい。校庭の片隅、ときに不良生徒の自室、空き地、夕闇の工事中の建物、空家の影――田舎だったので、そういう場所も多く、そこで晃子は少年たちの童貞の捨て場所となったのだ。二度目、三度目の相手もいた。別のクラスの男子もいれば、上級生や下級生、ときには他校の生徒もいたという。

 美波は胃がムカムカしてきた。

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