ここでそろそろ一月近く過ごしていて、美波もときに気づくことがあるが、軽いルール違反の場合、没収されるかされないかは、ジュニア・シスターやプレ・ジュニア・シスターの判断まかせということになるのだ。つまり、ジュニア・シスターたちと仲の良い生徒や、彼女たちに気に入られている生徒は大目に見てもらえたり、見て見ぬふりして許してもらえたりすることも多々あるのだ。逆に彼女たちに嫌われたり目をつけられたりしている生徒は、些細なことでカードを没収されたりしている。

 夕子などは、取るに足りない違反でも、あのレイチェルにあげつらわれ、すでに何枚かカードを取られているという。 

 ひどく不公平な話だが、そもそも同年代の生徒――まだ未熟な子どもに妙な特権をあたえてしまうと、こういうことも起こりえる。 

 大人である教師であっても自分の気に入った生徒を依怙贔屓する人間はよくいるぐらいだ。べつにこの学院でなくとも、起こり得る現象かもしれないが、この学院ではそれがあまりにも顕著けんちょである。

 美波はもらったチョコレートを見つめた。

 夏日にブルーの包装紙はきらきらと輝いて、こういったものがふんだんにあふれていた都会の生活が思い出させれ、泣きたくなってくる。

 取りあえずあとで食べようとポケットにしまう。甘いものを口にできるのはやっぱり嬉しい。それでもつい唇はよけいな言葉を吐いてしまった。

「それって……、でも、いいの?」

「うーん。でも、どこの学校でもそうじゃない? 強い生徒と弱い生徒がいて、強い子に逆らったらいじめられるから、そうならないように気をつけたり」

 たしかにそれはある。晃子の口調になにやら湿ったものを感じてつい美波は訊いていた。

「……苛められたことあったの?」

「あったわよ」

 しごくあっさり晃子は答えた。

「私なんかよく苛められたもの。父親はいないし、母親なんて家のことなにもしないから、お風呂もろくに入れてもらえず、汚れた服何日も着てて。男子には苛められ、女子には気持ち悪がられて避けられて。先生が気の毒にって家に来て掃除してくれたことがあったぐらい」

 あっさりとした顔で言う。美波は返す言葉が思いつかない。

 晃子の母親の行為は、いわゆるネグレクトというものだろうか。そういったことが世間にはある、とは話には聞いたことがあるが、実際に経験をした同年代の少女を前にすると、衝撃的過ぎて、かえって現実感がわかない。

 晃子の白い顔を夏のなぶる。支給された麦藁帽子だけでは強烈な日差しをふせぎきれないのか、晃子の白い肌が赤く腫れているのを見て、美波の方が心配になってきた。美波も、日焼け止めだけでも塗りたいが、それも無くなってしまった。こんなときに、自分でも間の抜けたことを考えているな、とは思うが。

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