「話になんない!」

 部屋に戻ってくるなりそう叫んだ夕子に美波はやや驚いた。

 夕子は先ほどのことを口早に説明する。

「絶対、逃げてやるから」

「……そ、それよりか……夕子、あなた知っていた?」

 ベッドにどさりと腰をおろした夕子は訝しむ顔を向けてくる。

「知っていたって、なにを?」

「あの、雪葉の事情のこと」

 二人きりだというのに、美波の声は低くなってしまう。

「……ああ。妊娠しているんでしょ?」

 あっさり認めた。具合の悪そうな雪葉に付き添っていたとき、雪葉が「お腹に赤ちゃんがいるの」と囁いたのだという。

「父親のことは?」

「それは知らない。あんたが戻ってくるまでの短い時間だったし……。でも、今は他人のことより、あたしのことよ。あたし、ここ絶対出て行くからね」

「……どうやって?」

「なんとか逃げれる場所を見つけるのよ」

 一瞬、迷って、美波は告げた。

「……ねぇ、夕子、今更だけれどこの学院、変じゃない?」

 美波は自分の声が泣き声になっていることを自覚した。

「まあね」

「わたしたちも、もうすぐ別館に行かされることになるそうよ……。あそこで作業みたいなことするんだって。なんだか、あそこを見ると、私も出て行きたくなってきた」

 夕子が眉を吊りあげる。

「作業って?」

「掃除とか料理とか、洗濯とかだって」

 美波は言っていて憂鬱になる。

「冗談じゃないよ。今だって朝夕の掃除させられて、自分の時間もろくにないうえに、髪も毎日洗えない、お菓子もジュースも食べれない、雑誌や漫画もダメ。好きな音楽だって聞けない。そのうえ、あの嫌なレイチェルみたいなのに目をつけられて、散々な目に合わされてるっていうのに」

 夕子は心底悔しげな顔になる。もともと童顔で幼げにに見えていた顔が、このときは怒りにゆがんで厳しく見える。いびつな顔になってしまっている夕子を見ていると、美波はやるせなくて仕方ない。

 しかし実際、ここでの生活は女の子にとってつらい。

 着たくもない制服を着せられ、映画や漫画、アニメ、音楽などの娯楽もいっさい禁じられ、テレビもたまにしか見れない。外部とは連絡をとれず、家族や友人に電話もメール送れない。暑くなってきたというのに、毎日頭を洗えない。食べものは一日三度の簡素な食事のみで、甘いものなど滅多に口にできない。これは十代の少女には本当につらい。これでは学院というより、まるで刑務所ではないか。さらにそのうえ、あの暗い別館で作業を強要されるなど、考えただけで二人とも暗澹たる気持ちになってきた。

「あたし、絶対ここから逃げるからね」

 夕子は誓うようにそう呟いた。

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