九
夕子は学院長室のまえで背筋を伸ばした。
息をひとつ吐くと、ノックする。
「どうぞ」、という冷ややかな声を確認して、ドアを開けると、学院長が眼鏡の奥の冷たい目で夕子を睨んだ。
「なんですか、こんな時間に?」
「……あの、あたし、学院辞めます」
「何を言っているんですか?」
夕子はつかつかと机のまえに近づくと、手に持っていた封筒をわたした。
「退学届です」
便箋には、「一身上の都合により退学します」という文と、自分の名前を書いておいた紙切れが一枚はいっている。
院長は封筒をあけてなかの紙に目をむけると、その鋭角的な目に嘲笑をうかべた。
「なにを馬鹿なことを言っているんですか? すぐ部屋にもどりなさい」
「本気です。明日にでもこの学院を出ていきますから」
「出てどこへ行くんですか? 言っておきますが、家には帰れませんよ」
目を見張る夕子に院長は見下すような視線を向けて、滔々と語った。
「私の許可なしにはこの学院の敷地から出ることはいっさい許されませんよ。家に帰ることも無理です。ご両親にはその約束であなたにここへ来てもらったんですからね。ご両親も納得のうえです」
「そ、そんな……でも、あたしが辞めるって言っているんだから」
「お黙りなさい!」
激しい声で怒鳴られて、夕子は不覚にも身をちぢこませてしまう。
「退学など認めません。あなたのような罪深い人間はここでその罪を清めなければならないのです。お下がり!」
学院長の気迫に押され、夕子はとりあえず今は引き下がるしかないと、悔しさをこらえて相手に背を向けた。
(冗談じゃないわ! 絶対、出て行ってやる)
廊下に出ると、夕子は両手拳を握りしめて決意した。
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