「ねぇ、もう一度、そのシスター・グレイスに頼んでパパに連絡をとってちょうだい」

 確約はできず、逡巡したが、雪葉の切迫した表情に美波はうなずくしかない。

「わ、わかったわ。頼むだけ頼んでみる。それじゃ」

 美香に向かってもそう言おうとすると、

「でも、あんたももうすぐここへ来るんでしょう?」

 美香の目はどこか面白がっているようだが、不快と思うよりもその言葉に気を引かれた。

「昨日、寮の管理人が言っていたけれど、あの子ももうすぐこっちへ移るはずだからって」

 そういえば、夏休みちゅうは別館で特別奉仕をすることになると聞かされていた。雪葉は一足先にこの部屋へ来たが、自分と夕子もやがてはここへ来ることになっているのだ。

 美波はぞっとした。

 薄暗い、えた匂いのするせまい部屋。こんな場所に詰め込まれることになるのだろうか。しかも特別奉仕という労働を、この建物に住んでさせられるのか。

「夏休みになってからだったら、まだいいじゃない? 私みたいに他の寮生の下着洗うこともないんだし。毎朝、寮の部屋まわって汚れもの集めることもしなくていいんだしさ」

 薄ら笑いを浮かべてそう言う美香の顔は、若い娘の顔ではなく、すでに生活の苦労でひからびてしまい、世を恨んでいる中年女の顔そのものだった。美波はまたぞっとしてきた。

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