「ふうん……」 

 美香のやや腫れぼったい目はそこですこし影をふくんだものになった。

「寄付を払っていても、あんたも仕事しないとならなくなるからね」

 雪葉が目を見張る。

「仕事ってなによ?」

「掃除、炊事、洗濯。そういう約束でここに入って来ているんだから。別館の生徒は労働しないといけないの」

 美香の言葉に美波もぽかんとしてしまっていた。

「この学院は労働に重きを置いているんだって。勉強と働くことはおなじぐらい大事なんだってさ」

「そ、そりゃそうかもしれないけれど……」

 美波はあらためて美香を見てみた。白いエプロンはやや薄汚れている。

「でも、あなたけっこうお腹大きいいじゃない。働いていて大丈夫なの?」

 こくん、と美香はうなずく。

「どのみち普通の家庭の主婦でも、出産まではたいてい家事をしなきゃならないんだって」

「私は絶対ご免よ。こんなの違うじゃない! 出産まで最適な状況で迎えられるから、って言われてここへ来たのよ」

 雪葉の黒曜石のような瞳が怒りと涙にきらきらと輝く。怒っていても、綺麗な少女だと美波はやけにのんきに思ってしまう。

「とにかく、パパになんとかして来てもらわないと。パパがこの状況を見れば、絶対私をすぐ引き取るわ。私のお腹にいるのは大事な跡取りなんだから」

 十代でシングルマザーになることにたいして後ろめたさのまるでなさそうな口調と、〝跡取り〟という言葉に、美波は好奇心をかられた。

「……訊いてもいい? 雪葉の相手……、そのお腹の子のお父さんって誰なの?」 雪葉はすこし鼻をそらす。

「それは言えないわ。でも、言っておくけれど、そこらへんの学生とかじゃないわよ。ちゃんとした……立派な人よ」

「へー。そんな立派な人が、若い女の子に手を出して、妊娠させたわけ?」

 美香のぽってりとした唇から、思いもよらず棘のある言葉。

 一瞬、雪葉と美香の視線がかちあい、そこで火花が散るのを美波は見た気がした。

 十代で妊婦になってしまうという重荷を背負ったもの同士、いたわりあおうという優しい想いは二人のあいだにはまったくないようだ。薄暗いせまい部屋で、憎悪の火花を散らしあう少女――とはもはやいえないかもしれない――、女二人の不毛ないさかいに美波はぞっとしてきた。部屋の空気がなんともいえず濁ってきた気がする。

「と、とりあえず、今日は帰るね」

 今はとにかくのこの場から去りたい。

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