シスター・マーガレットは溜息を吐く。

「桜子、あなたは生まれ変わって人生をやりなおしたくないの? そのままでいいの?」

「え……?」

 桜子はとまどった顔でシスター・マーガレットを見上げる。

「桜子、あなたが生まれ変わるための、ここが最後のチャンスなのよ。ここで変われないと、あなたは死ぬまでそのままよ。永遠に業火に焼かれたいの」

「……その」

 桜子はもじもじと足を動かすと、下を向いたまま呟いた。

「お店で……口紅を万引きしました」

 美波も含めて三人が一瞬息をつめる。

「幾つのとき?」

「高二の夏休みです」

「それが初めて? そうじゃないでしょう?」

 桜子は真っ赤になった。

「……小六の頃から……友達にそそのかされて」

「そのときは何を盗んだの?」

「ジュ、ジュースとか、お菓子とか。中学になると漫画とか雑誌とか……」 

 万引きの常習犯らしい。朴訥そうな印象からは想像できず、美波は目を瞬いていた。

 前の高校にもそういったことをする生徒がいた。性質たちの悪いことに彼女は万引きした化粧品を他の生徒に安く売り渡していたのだ。私立の名門校でもそういうことをする生徒はいるのだ。だが、いかにもずる賢そうなかつてのクラスメートとちがって、目の前の桜子は、いたって小心そうで、そういうことをしそうには思えないだけに意外だった。

「よく話してくれたわ。大丈夫よ、ここで罪を告白したのだから生まれ変われるわ」  

桜子は消え入りそうに厚みのある肩をすくめた。

「それでは、次は夕子」

 名を呼ばれて夕子が背をただしたのが隣に座っている美波にもわかった。

「あたしは……べつに」

「何もないと言える? 罪ひとつない清らかな身体だと言えるの?」

 シスター・マーガレットの言葉に美波は背がむずがゆくなる。罪だとか、地獄の業火だとかいうのは、すべて聖職者が使う常套句なのだと思っていたが、ここにきて、そこに特別な意味が込められていることを察しはじめたのだ。

「清らかって、」

 夕子が呆れたように首をすくめた。

「じゃ、いいます。中学のころから煙草吸ってました。ビールもときどき飲んでます」

「それだけ?」

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