その母は料理も洗濯も家政婦まかせで、毎日買い物やジム、カルチャースクール、観劇、と趣味にいそがしくあまり家にいない。ときどき、見知らぬ男の車に送られて夜に帰ってきたことがあるのを美波は知っている。

「……私も、あんまり家が恋しいとは……」

 笑ってごまかすように言ってみた。シスター・マーガレットはまたも鷹揚に笑う。

「そう。では、こんどは別の質問ね。それぞれ、自分の良いところと悪いところを言ってもらえるかしら? 夕子、まずあなたは?」

 夕子は眉をひそめた。こういう質問は苦手なのだろう。

「良いところって……、えっと、率直で正直なところかな? 悪いところは、正直過ぎて、その……言わなくていいことまで言ったり」

 確かに言えている。

「そう。では、美波、あなたは?」

「えーと、」

 美波はあわてた。

「あの、わたしの良いところは……、真面目なところです」

 言っていて自分でも気恥ずかしい。

「悪いところは……、その、ちょっと優柔不断で、意志が弱いところとか」

 シスター・マーガレットは微笑ほほえんでいるが、そのやや茶色がかった黒い目が、蛍光灯の光のもと、奇妙に光る。

「では、真保、あなたは?」

 真保は兎のように椅子のうえでびくん、とふるえた。

「あ、あの、私の悪いところは、その、やっぱり私も優柔不断で、それで、言いたいことはっきり言えなくて……、それで、その、良いところは、生真面目で、言われたことをちゃんとするとか……」

「そう?」

 心なしかシスター・マーガレットの声は冷ややかにひびいた。

「では、次、桜子は?」

「私の悪いところは……」

 桜子は大柄な体を小さくして考えるように口をひらく。

「引っこみ思案なところで、良いところは……慎重なところ」

「そうなの。……では、今度は皆、それぞれ趣味や好きな科目を教えてくれるかしら?」

 その後も、家族で誰が一番好きか、とか、今までで一番楽しかったことは何か、とかいうような話がつづき、やがて美波が少し疲れを感じてきたころ、シスター・マーガレットは唇に微笑を浮かべて訊いた。

「では、今度は、今までに皆が誰にも言わなかった秘密を教えてくれないかしら?」

 一瞬、座がしんと静まった。

「そんなこと、言えないですよ」

 夕子が笑いながら言った。事実だ。誰にも言えないことを、ここで言えるわけがない。

「ちょっと言葉が足りなかったわね。秘密というのか、つまり、人に知られたくない悪いことをしてしまったとか、そういうの」

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