シスター・マーガレットは目を細めた。

「……なにか不満はある?」

「食事がしょぼいです。あと、毎日髪洗えないのも信じられない。就寝が十時で起床五時なんていうのもありえない」

 シスター・マーガレットは苦笑した。

「あらあら。他には?」

「制服がダサすぎ。外出できないなんて耐えられない。スマホ禁止で、電話一本かけられないっているのもおかしくないですか?」

「あらあら。不満だらけね」

シスター・マーガレットは鷹揚に笑ってみせる。

「少し話を変えましょうか。夕子はどちらの出身?」

「横浜です」

 美波もすぐに「東京です」と答えた。

「真保は?」

「長崎です」

 真保が低い声で答え、つづけて桜子はおなじ質問に「大阪です」と答える。そういえば、言葉にどこか西の訛りが感じられる。髪は他の生徒とおなじように短く切りそろえ、長い身長をすこしかがめるようにして座っている姿は、上級生とは思えないほど気弱げだ。

「皆、家が恋しいでしょうね? お父さんやお母さんに会いたい?」

「べつに」

 夕子がまたもぶっきらぼうに答える。この質問に関しては美波はすこしとまどった。

 学院の生活は厳しくて嫌だとは思うが、では家が恋しいかと訊かれれば迷う。

 自由な生活は恋しいが、はたして〝家庭〟に関してはどうだろう。

 父はどうせいないし、母とも美波はそう楽しく過ごしていたとは思わない。家のことはたいていて通いの家政婦がしてくれていたから、母は親というよりも、同居人のようなものだったのだ。

「夕子は家族に会いたくないの?」

「うちは……親もいつも忙しいから。そんなに会いたいとは思わないです」

「そう。では、真保はどう?」

 訊かれた真保は細い顔を制服の襟にうずめた。かすかに見える首元もひどく細い。

「あの……私の家は……父はいなくて」

「あら、そうなの?」

 真保はうつむいた。

「私が小学校のころに離婚して。おかあ……、いえ、母は仕事で毎晩遅くて」

「……桜子は?」

 桜子はやや目を伏せた。

「うちも母子家庭なんで、母は忙しくて……」

 美波は聞いていて奇妙な気分になってきた。

 いまどき離婚家庭や母子家庭など珍しくもないが、おなじ場所に集まった四人のうち二人がそうだというのが、妙にひっかかるのだ。

「美波は?」

「えっと……わたしは……、父はいつも海外で、母と二人で……」

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