「進学校じゃないんなら、就職にむけてその手の勉強しなきゃならないんだけれど、ここって、そっちもまるで力入れてないよね。パソコンとか簿記とか、仕事に必要なスキルや知識もべつに熱心に教えようとしないし。英検とか漢検とか受けろとも言わないし。普通の学校だったら、TOFELやTOEIC受けろとかって教師がすすめたりしないもん?」

 夕子の言い分はもっともで、言われてみればそれも不思議だ。

 進学や受験にまったく力を入れないなら、就職に向けてなにかさせるものだと思うが、そういったこともいっさいシスターたちは指導しない。

「まぁ、あたしなんて卒業しても家業を手伝うか、近所の商店街のお店でアルバイトでもすればいいんだけれどね」

 聞けば、夕子の地元の友人もたいてい高校を卒業したら飲食店など親の仕事を手伝ったり、近い場所でアルバイトなどしてそのうち結婚して子どもを産む、というパターンがほとんどだという。それはそれでいいのだが、そういう生き方は美波には向いていない、というか、できない。

(やっぱり、高校を卒業したら進学しないと……)

 それしか道はないような気がする。美波の育ってきた今までの世界での価値観では、高卒で仕事をするという概念がないのだ。仮に仕事をするにしても、どうやって見つけていいのか、そこで頭が止まってしまう。それを言うと、

「ハローワークに行くか、求人のチラシでも見たらいくらでもあるじゃん」

 と夕子にあっさり返される。

(ちょっと、違うんだよね……)

 どう説明すればいいのかわからず言葉を濁していると、鼠色の建物が見えてきた。

「なんか、病院みたいね。まぁ、それを言うならこの学院自体が病院みたいだけど」

 石造りの建物を見上げながら夕子が息を吐く。

 建物自体は灰色の煉瓦造りで長方形だ。上部が丸くなった窓は、どこかメルヘンティックで童話のお城めいていて、見ようによってはロマンティックにも思えたかもしれないが、とにかく全体に雰囲気が重い。

 どっしりとしていて、見ていると建物が迫ってきて倒れてきそうな気持になってくる。威厳がある、というより威圧感にあふれているのだ。

「なんかさぁ……窓の向こうにはお姫様より魔女がいそうじゃない? ハハ」

 美波は笑えない。

「ここに雪葉がいるのね」

 二人は正門の赤茶けた扉のまえに立った。見れば見るほど古色蒼然こしょくそうぜんとしていて、それなりに文化的価値はあるのかもしれないが、十代の女の子にとってはやはり重々しすぎる。

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