インターホーンのブザーが壁についているので美波は押してみた。

「どなた?」

 乾いた声が聞こえる。

「あ、あのぉ……シスター・グレイスに言われて来たんですが……。雪葉の、西条雪葉さんの荷物を持っていくようにと……」

 やや緊張しながら言うと、しばらくしてドアが二つにわかれ、なかからシスターたちのように黒いロングスカートをはいている女性があらわれた。。

「名前は?」

「こ、近藤美波です」

「そちらは?」

「小瀬夕子です」

「昨日来た子の荷物ですね?」

「は、はい」

 バッグと着替えを見て相手は確認する。

「入っていいわ。あなたたち、ちょっとあの子と会っていってあげて。昨夜から具合が悪いみたいで。……そこの階段を上がって行って、すぐの部屋だから。201号室よ」

「は、はい」

 階段は木造で、どことなく暖かみがありすこしホッとする。

 雪葉のことはやはり気がかりなので、美波と夕子は足早に階段をあがった。階段はやや急であり、外国映画に出てくる城塞を思わせた。広々とした学舎や寮にくらべると、かなり手狭な感じだ。

「ここだわ」

 201という錆びた鉄のプレートのついた赤茶色の扉をノックした。

 しばし沈黙。焦れて美波は声をかけた。

「雪葉……、いる? わたしよ、美波と夕子だけれど」

「……どうぞ」

 そっとドアを押した。夕暮れも深まる時刻のせいで、明かりをつけていない室内はひどく暗く見える。気のせいだろうが、どことなくえた匂いがする

「雪葉……」

 狭い部屋である。寮の部屋より狭いが、驚くことに二人部屋らしく、ベッドが二つ並んでいた。

 その片方のベッドで雪葉が、まるで冬眠中の動物のように、毛布をかぶってうずくまっている。頬はまた涙で濡れている。おそらくずっと泣きつづけていたのだろう。哀れになってきた。

「大丈夫?」

「うう……」

 ベッドに近寄って床に膝をつくようにすると、側の台にプラスティックの洗面器があり、そこに嘔吐したものがあるのに気付き、美波はあわてて目をそらす。饐えた匂いの原因はそれのようだ。

「具合、悪いの?」

 後から入ってきた夕子が低い声でたずねると、雪葉は首を振った。

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