三
同じ東京の空の下に住んでいても、中学から無免許でバイクに乗る子、煙草を吸う子、お酒を飲む子、万引きをする子、援助交際をする子、そういった子たちとはかかわることなく美波は過ごしてきたのだ。
もしかしたら美波の通っていた高校にもそんなことをする生徒はいたかもしれないが、仮にいたとしても美波にとっては存在しないもおなじだった。美波の人生にはかかわりあいのない種類の人間だったのだ。そうやって生きてきたはず……だった。
「わたしの周りにはいなかったから……」
「へえ、真面目なんだね」
ドアを開き、なかへ入ると、室内は昨夜のままのように見える。
床に置かれている雪葉のバッグを取り、ベッドのうえに放置されている衣類をつめこむ。ブラシや櫛などもまとめてバッグに押し込む。かなり大き目のボストンバッグがぱんぱんになってしまうので、制服の着替えや体操着など持てるものは夕子に持ってもらった。
「夕子、これもお願い。……じゃ、行こうか」
「ん」
去り
がらんとした室内は、天井が高いだけに広々として見える。主が入ってすぐに出てしまったため、およそ人の匂いや生活の匂いというものがしないのだが、それでも昨夜、ここで号泣していた雪葉の残した念のようなものが漂っていそうで美波は我知らず物悲しい気分になってきた。
いや、雪葉だけではなく、その前の住人は、この部屋にどんな想いを残したのだろう。それを想像すると、ややうすら寒くさえなる。
「……前に住んでいた人って、どんな人だったんだろうね?」
「……雪葉みたいな子だったんじゃない?」
どうとも答えられず、美波は部屋に背をむけた。
「けっこう離れているわね」
二人は芝生のあいだにつづく灰色の石畳の上を歩きつづけた。
「荷物、代わろうか?」
「平気。……ねぇ、わたしたち奉仕者だって。夏休みになると、別館へ行くらしいわよ」
つまりこれから向かう建物に自分たちも住むことになるという。どういう場所か興味もわくが、あまりいい予感がしない。
「クラスの子に訊いてみたんだけれど、職業訓練みたいなことをするんだってさ」
夕子がうんざりしたように言う。
「職業訓練? パソコンの練習かなにか?」
視聴覚室ではパソコンを使えるが、それは三年生のみで、それも週一回だ。そんなことで社会に出たときついていけるのかと美波ですら不安に思うが、晃子にぼやいてみると、それがこの学院のやり方なんでしょう、とあっさり片付けられた。
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