この制服を着たくない気持ちはわかるが、一見しとやかそうに見える雪葉がそう言うのは意外だった。美波はまた目をぱちくりさせる。

「いいえ、制服を着るのは義務です。例外は認められません」

 学院長の声はきびしい。

「あの、パパ、いえ、父に連絡してもよろしいですか?」

「いけません。許可なく電話をかけるのは禁止されています」

 雪葉の白い頬が怒りに赤く染まる。これはかなり気が強そうだ。

「さ、二人ともはやくミス・サイジョウ、いえ、雪葉を連れていきなさい」

 三人はその言葉に押されるようにして廊下へと出た。

「信じられないわ、私がそんな服を着るなんて。あなたたち、恥ずかしくないの?」

 直截な質問に夕子が眉をしかめる。

「あたしらだって好きで着ているわけじゃないわよ!」

「校則だからしょうがないのよ」

 美波は力なく言う。言ったあと気づいたが、まるで晃子の口調のようで、寒くなる。たった一日か二日で自分もこの学院に適応しようとしているのだ。

「私は絶対嫌よ、そんなみっともない制服」

 雪葉の言葉は美波にとっては刺激的だった。

(そうよ……馴染んでしまいたくない……)

 自分だってこんなダサい作業着のような制服は嫌なのだ。東京育ちのそれなりのお嬢様なのだという自負が美波に胸に湧きあがる。いや、お嬢様でなくとも、せめて〝お嬢さん〟でありたい。若く、青春真っ盛りの、そこそこ恵まれた少女だったはずだ。

(なんで、こうなっちゃったんだろう……)

 そんなことをつい思ってしまったりもする。

「……それよか、とりあえず案内するから。あ、あんた荷物は?」

「学院長室よ。とりあえず置いておいて、後で取りに来るようにと言われたわ」

「そんとき、必要でないものは没収されるから。スマホもね」

 案の定、雪葉の綺麗な顔が驚愕にゆがんだ。

「え、どうしてよ?」

 昨日のことを説明すると、雪葉の顔色はますます悪くなっていく。広々とした廊下の高窓から差しこむ夕暮れの光がやけに暗く見える。

「冗談でしょう」

 おそらくはここへ来た生徒が一度は口にする言葉を口にし、雪葉はせまりくる問題について考えているようだ。

「困るわ! スマホを取られるなんて困る! メールも出来ないじゃない」

 仕方ないわよ、とまた言いそうになって美波は口を噛み、別の言葉を告げた。

「と、とにかく、まず学院内を見てまわろう。わたしたちも昨日来たばかりで全部見ているわけじゃないんだけれど」

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