小声で夕子が美波にだけ聞こえるように呟くのに、美波はこまったように眉を寄せた。

「こんなところ、絶対無理。あたし、すぐ辞めてやる」

 裕佳子は棚のうえに荷物をしまうので忙しそうなのを確認して、美波は訊いてみた。

「……どうやって?」

「問題起こせばいいんだよ。規則なんて全部やぶってやる。そうしたら、向こうから出ていけって言うじゃん。まえの学校だって、それで辞めたんだから」

 夕子は、いっそ自慢げに述べた。

 美波はどうにも答えようがなく、とにかく制服を着、おなじく渡されたタイツやシューズを履く。

「鏡見るのが嫌だ」

 壁にはご丁寧に大きな姿見が備えられており、二人は否応なしに自分たちの姿を見る羽目になる。

「うわぁー、ださぁ!」

 美波もそれには反論できない。

 人の容姿、とくに少女の器量というのは着るものでかなり変わるものだということが、つくづく実感させられた瞬間だった。まれになにを着ても似合うという得な人もいるだろうが、二人には悲しいことにそれは当てはまらなかった。

 その制服はまるで似合っていなかった。いや、この制服が似合う少女などいるのだろうかとすら思える。

「なんか、まえの学校で見た給食のおばさんを思いだす」

 夕子がうんざりした口調で嘆く。

 やはりこの服は労働のための仕事着としての印象が強いのだ。アルバイト先で出された作業着だと思えば納得するが、高い学費を払って勉強のために入った学校で着る制服というのには、あまりにも不当な気がする。

 義務教育を終え、未就労前のみじかい少女時代にだけ許されるはずの、特権的な早春の季節を完全否定された気分で、美波は気が滅入めいってしかたない。 

(なんか……終わった、っていう気分……)

 そう。すべて終わった――。どうにもそんな惨めな気持ちにさせられる。

「では、学院を案内します」

 自分の作業を終えた裕佳子は、二人のそんな悲哀にはまったく気づいていないようで、これまた事務的にそう告げると、先に立ってドアを開け、廊下へと出てゆく。

 仕方なく二人は許された持ち物を入れたバスケットを抱え、彼女につづいた。


「聖ホワイト・ローズ学院は、一クラス二十数人で、三クラスあります。生徒数は二百人足らずの少人数制の学院です」

 長い廊下を歩きながら裕佳子が滔々と説明する。

「クラスはそれぞれ赤薔薇組、青薔薇組、黄薔薇組となります」

「幼稚園児じゃあるまいし」

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