二
先ほどの学院長の、汚れた自分を捨てろ、という言葉が耳にのこっている。あれは聖職者がよくつかう単なる常套句なのか……それとも……。美波は煩悶してしまう。
「ねぇ、それは返してよ!」
夕子が言うのは二枚の洋楽のCDだ。好きだというスロウダイブのもののようだ。
「必要なもの以外は駄目です。帰省するときに返してあげます」
「それは必要なんだって! それがないと生きていけない! スマホ取り上げられて、それまで取られたらもう聞けないじゃん」
後半の言葉はほとんど泣き声になっていた。
「学院内ではクラシック以外の曲をかけることは禁止です」
事務的に――高校生でよくこれほど事務的に言葉を発することができるものだと、いっそ美波が感心するほどに冷静に無感情な声で裕佳子が告げる。
「ふざけないでよね!」
夕子の反発に、裕佳子の、眼鏡の奥の目が光る。
「ふざけていません。警告します」
「は?」
「警告です。これ以上文句を言うようなら、規律にしたがって罰を受けてもらいます」
夕子はわなわなと震え、その小柄な身体から今にも火の粉を吹き出しそうだ。
「あの、AV室があるって聞きましたけど、そこで音楽聞くことも駄目なんですか? ヘッドホンとかで」
誰にも聞かれなければ好きな音楽を聞いてもいいのではないかと、美波は質問してみた。
「そうよ、洋楽なら英語の勉強にもなるじゃん」
一瞬、裕佳子は迷うような顔になった。
「……このCDに関して内容に害悪なものがないかどうか確認します。問題なければ、ヘッドホンをつかうことを条件に許可しましょう」
裕佳子はそう言ってCDを〝審議〟のところに置いた。夕子は悔しそうな顔をしているが、それ以上は抗議しない。顔は怒ったままだが。
「制服です」
折りたたまれた制服が二着分、それぞれにわたされた。それを見下ろし、また夕子は憤懣やる方ないという表情になる。
「これは夏用です。秋になったら冬用も支給しますので。着替えてください」
仕方ないので二人ともその制服に着替える。脱いだ自分たちの服は指示されたようにたたみ、それぞれ与えられたバスケットに入れた。そこへおなじく〝不可〟とされた持ち物を入れ、あたえらた紙に名前を書く。帰省するとき、もしくは卒業するときには返してもらえることになるという。ちなみに〝審議〟とされたものはシスターと相談のうえ、許可されたもののみ渡されるそうだ。
「あたしは退学する」
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