夕子が呆れたように言うのにかまわず裕佳子はつづけた。

「ちなみに私は二年青薔薇組です」

「わたしたちは?」

 気をひかれた美波は訊いてみた。

「……それは、今日中にはシスターから報告があると思います。学院についてですが……」

 石の廊下に初夏の光がさしこみ、三人の影がゆれる。

 行き交う数人の生徒たちや、中年のシスターをぼんやり眺めながら、美波は聞くともなしに裕佳子の話を聞いていた。

「当学院は、キリスト教の理念にのっとり婦女子の教育を促進する目的で来日したパトリック・ジョナサン氏によって創立されました」

 隣を歩く夕子は、まったく興味がないというふうだ。

「ジョナサン氏の考えでは、勉強だではなく、教養を積み、かつ労働も学ばなければ真の人間にはなれないということで」

 パンフレットの文言を丸暗記したような説明を、それでも美波は一応聞いていた。

「我が学院では、働くことの尊さを学ぶために、生徒にも労働奉仕を」

「労働奉仕って、なにすんのよ?」

 ぶっきらぼうに訊く夕子に眉をひそめつつも、裕佳子は説明をつづける。

「平日の放課後の教室の清掃、週一度の調理実習、さらに週末の作業です」

 教室の清掃ぐらいなら当たり前だが、調理実習というのが気になって美波は何をするのか訊いてみた。

「週一度、金曜日の夕食は生徒たちで作るのです」

「うわー」 さも嫌そうに夕子が小さな顔をしかめる。

「これは料理の勉強にもなり、栄養学を学ぶこともでき」

「そ、それで、週末の作業というのは?」

 そっちが気になって口早に問う美波に、裕佳子は奇妙な目を向けた。

「それはおいおい説明します。この渡り廊下から向こうは寮であり、私たちのホームです。私たちはこれから友人となり家族として過ごすことになり、寮においてはファーストネームで呼ぶことになっています。私はこれから先、寮内ではあなたたちのことを、美波、夕子と呼ぶことになります」

「えー、と、じゃ、わたしたちもレイチェルさんのことを本名で呼ぶんですか?」

 裕佳子に引きずられるように丁寧な口調になって美波は訊いてみた。

「いえ、私はジュニア・シスターなので、寮においてもレイチェルと呼んでください」

 けっ……! と夕子の吐きだすような内心のわめきが聞こえそうだ。

 渡り廊下を歩くと、広々とした石床の左右両側には緑の芝生が見え、遠目にベンチでくつろいでいる生徒たちが見える。

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