グーチョキパーで造った潜水艦
舞島由宇二
湖に潜らないで、何処に潜るつもり。
貴女がグーチョキパーで潜水艦を作った。
この街の西の外れ、
潜水艦は思っていたよりも大きく、マルッコイ形をしている。
それはちょうどラグビーボールのような形で、つまりは関西のメロンパンのような形でもあって、即ち貴女が宇宙で一番愛しているカタチだった。
貴女が造ったものだから当然このカタチになる、それは決まりきったことなのだ。
動力は赤い花なんだよ、なんて貴女は事もなげにそう言った。
花が咲く瞬間のエネルギーっていうのは超ド級で、文明を二回滅ぼす位の力があるんだよって、嘘みたいなことをまるで嘘みたいに貴女は言う。
しばらく、ぼけっとその水に浮かぶメロンパンを見ていると、貴女が私の手を引き、乗ろっと言った。
正直、潜水艦に乗った事がなかったので不安だったけど、その潜水艦が貴女の両の手で造られたことを思い出し、ちょっと安堵し、一歩を踏み出す。
メロンパンの側面にこれまた丸く設けられたハッチを貴女が開ける。
そのハッチから中を覗くと、外観からは想像出来ないくらいの広大なスペースがその潜水艦の中に広がっていた。
「ここはねほんの入り口に過ぎないからね。」
と貴女は得意げに言う。
外観は確かに潜水艦だが、中は一つの街と言っても差し支えない。
「中は一つの街と言っても差し支えないよ」と貴女も同じことを言う。
その潜水艦内の街の中では赤子達が生活していた。
赤子達が二足歩行、ロンパース姿で通りを
彼らが歩く度に’’ぷにゃっぷにゃっ’’と不思議な足音がして、いつ聞いてもこの足音はたまらないよっと貴女は目を細め至福の表情でその光景を見つめている。
私も赤子達が元気そうで何よりだと思った。
「こっち来て、こっちから湖の中が見れるよ」
貴女に手をひかれ、赤子達を避けながら先へ進む。
途中、避けきれずに一組の赤子の夫婦にぶつかった。
ヒゲを生やした赤子の夫の方が、ぷにゃ!ぷにゃ!と足音と同じような赤子の言語で私に怒ってきたけれど、なんだかその姿すらも可愛かった。
ごめんなさいごめんなさいと謝ると、赤子の妻の方が貴方もういい加減にしなさいとなだめてくれて無事解決。
いや、大変だったよ、と後ろを振り返るがそこに貴女はいない。
どうやら私を置いて先へ行ってしまった。
貴女の姿を発見して、早足で駆け寄ると、そこには丸い窓があって、その窓から青い光が差し込んでいる。
そっか本当に湖の中なんだね、ついつい忘れてしまうねと私は釘付けになる。
普段湖面しか見ることの出来ない八猿湖の中をこうしてお目にかかる事ができるなんて、生きているもんだね、とそう思った。
「エブリシングイズナッシング、
エブリシングイズナッシング
梅宮の湖はクラゲの海」
貴女がそう歌うと、窓の端からクラゲ達がゆらりゆらりと姿を現す。
そのクラゲを見ると、改めてああ本当にここは
梅宮の湖ではクラゲが泳ぐ、それは太古の昔からの’’決まりごと’’なのだ。
なにやら艦内がザワザワしているので振り返ると、赤子達が一つの場所に集まっている。何が始まるの?そう聞くと、それはもう赤ちゃんダンスに決まってます、と貴女。
二人でベンチに座って赤ちゃんダンスを見る。
赤子達が賢明にぷにゃぷにゃ踊っていた。
彼らの動き、彼らの言語、そのすべて’’ぷにゃぷにゃ’’という音で構築されている。
あの音こそが赤子の証明なの、あの音がすれば赤子、しなければ赤子ではないの。
貴女は自分からその音がしないことを残念に思っているようで、頑張らなくちゃっと決意を固めている。
充分な程にぷにゃぷにゃしている貴女の白い腕を見て、頑張ってねと声をかけた。
いつの間にか赤ちゃんダンスは終わっていて、赤子達は皆、艦内の至る所に無造作に設置してあるゆりかごの中でタオルケットをかけて眠ってしまった。
ぷにゃぁぷにゃぁっと寝息が聞こえる。
それが今この空間に存在する唯一の音、とても静かだった。
真空状態のような艦内はまるで胎内のような心地。
まだ皆赤ちゃんだからね、貴女は一人の赤子のタオルケットを直してあげながらそう呟く。
赤子達の就寝に合わせて照明も暗くなった。
窓から差し込む湖の青だけが艦内を照らしている。
この潜水艦はどこに向かうの?
それは私にもわからないよ。
なんとなく二人で歩いて、潜水艦の一番先っちょに着いた。
多分もうじき浮上すると思う。
そっか。
「君、残念そう。」
残念じゃないよ。
「でも安心して、辿り着く先は君のよく見知った場所だから。」
やっぱりどこ行くか知ってるんじゃない。
「うん、実は知っている。最初からそう決まっているから。でもね私もこの潜水艦に乗るの、本当に初めてなんだよ。」
貴女は私の顔を見てクスクスと笑う。
「ここ好き?」
好きで好きでたまらない、静かで安心だよ。
「好きなのは良い事だね、でもこの潜水艦が浮かび上がる先も静かで安心だから、今もこれからもずっと安心してて良いんだよ。」
浮くまでの間、潜水艦の中のブランコに乗りながら、二人で草相撲をした。
貴女は地上だろうが水中だろうが草相撲が強かった。
私の草を引き千切る度、へへへへっと馬鹿みたいに笑って、’’えっへん’’とその小さな胸を張る。
それから貴女は立ち上がり、いつものように歌を歌う。
それは私と貴女が小学校の時に歌った歌だった。
’’何事も心の瞳で見つめてみればいいんじゃないかな?’’といった内容の歌だった。
私も一緒になって歌って、胸が暖かくなった。
まだもう少しだけここに居たいなと思ったけど、潜水艦が浮上しているのがわかる。
歌う事はやめず、浮かぶ先だけを見つめる。
ジェットコースターの落下前、どんどこ頂上へ登って行く心境と似ていた。
エンジンである赤い花は、実はまだ咲いていない、と貴女が言う。
だとしたら、何故今この潜水艦は動いているの?
貴女が興味深いものを見る目で私をまじまじと見つめる。
ねえ、勿体つけないで。
「ごめんごめん。……何も特別なことじゃないの。そういうものなのよ。この潜水艦が動かなくても、周りが勝手に動いていくの、だから潜水艦も動いていく、他力本願なんだね。」
その答えを聞いて、なんとも貴女らしい潜水艦だと思った。
やはり間違いなく貴女の両の手で造られたものなのだと改めて思い、私はここに来て何度目かの安心をする。
それからは一瞬の出来事だった、青い青い水の光が目の前を散っていき、白いベールに視界を遮られたかと思うと、ざぶんっと音がし、ごつんっと何処かにぶつかってハッチが開いて私達は外に放り出された。
緑の香り、朝もやの香り、水蒸気の香り、それは植物の呼気の香り。
この香りは元いた
貴女は私の隣でピンクのタオルケットにくるまりながらむにゃむにゃ寝言を言っている。
そのタオルケットに刺繍された豚のアップリケ、その豚のつぶらな瞳としばし目を合わせ、起こしちゃ悪いなと思いそのままにして辺りを見回すと、そこには梅宮市名物、
相変わらずの見事な枝っぷり、ここだったかと一人頷き、その場に座り込んで、さっきまで潜っていた湖をぼんやりと眺める。
外も中も静かなのが湖というものなんですね――そういう決まりなんですね。
と誰に言うわけでもなく呟いてみた。
グーチョキパーで造った潜水艦 舞島由宇二 @yu-maijima
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