節分を盛り上げろ
明弓ヒロ(AKARI hiro)
第1話 東に源内あれば、西に浩庵あり
(注意)この作品はフィクションです。
-土用の丑の日の鰻-
一説によると、知り合いの鰻屋から、夏に売れない鰻をどうしたらいいか相談を持ちかけられた
今で言う、『季節限定キャンペーン』であるが、風習とは不思議なもので、何かのきっかけで始まると、特に根拠がなくとも、いつの間にか『ルール』として定着してしまう。
「この綿のようなものは、何でございますか?」
近所に住む海苔問屋の主人『
「それは、『
「左様ですか。では、お一つ」
権左衛門が、『牛乳の雪』の載せた加須底羅を、恐る恐る食べる。
「これは、絶品。さすがは、
口の周りに『牛乳の雪』を付けた権左衛門が、驚き顔で言った。
「いえいえ。私は
そう私は答えた。
-平賀源内-
江戸の発明家。もともとは蘭学者であったが、油絵や人形浄瑠璃などの芸能にも造形が深く、江戸中、いや、日本中で、知らぬものはいない。
最近では、オランダから手に入れた『エレキテル』なる装置を披露し、さらに名声を高めている。
しかし、その人柄は奇矯で、歌舞伎役者と男色を営んでいるとの噂もある。
「そんなことはございませんよ。浩庵様は、まだお若い。これからです。大器晩成という言葉もありますし」
-大器晩成-
真に偉大な人物になるには、時間がかかるという意味であるが、翻せば、今の時点では、何もなし得ていないという意味だ。
「はぁ、そうであれば良いのですが」
と私は、心持ち沈んだ口調で答えた。
「そうなりますとも。東に源内あれば、西に浩庵あり、と言わせましょう」
と、普段、私の発明品にケチをつける、権左衛門にしては珍しく、私をおだてた。
「ところで、一つご相談があるのですが」
やはり、何か企みがあるのか。
「最近、安い海苔屋が増えてきましてね。海苔は、取れる場所によって味が違うし、取れる時期によっても違う。特に冬が旬でございますが、それをわかっている人は一握りの味道楽だけ。うちの海苔は高級品でございますが、世間の人は海苔など、どれも変わらないと考えているようで、最近、客足が遠のいてございます。そこで、旬の海苔の味を活かせる発明を、お頼みしたいと」
「旬の海苔の味を活かせる発明?」
「左様で、ございます」
「しかし、私の専門はからくりですし」
と尻込みする私に、権左衛門が言った。
「源内殿に負けたくはないのですか」
源内?、そう言えば、最近、平賀源内が、『里のをだまき評』という書物を出版したと聞いた。
「源内殿は、近所の困りはてた鰻屋から相談を受け、見事に夏に鰻を売ることに成功されたようですよ。夏に鰻を売れて、冬に旬の海苔を売れないとなれば、浩庵様は源内殿に遠く及ば無いということになる。それで宜しいのですか!」
権左衛門の気迫に押され、思わず私は、
「承知しました」
と答えてしまった。
私が返事をするやいなや「期待しております」と去る権左衛門。これは、私以外にも、いろいろなところに相談に行くようだ。顔には出さないが、相当、商売のほうが切羽詰まっているに違いない。
権左衛門は、私の売れない発明品をしぶしぶながらも買ってくれて、そのおかげで、なんとか私も食いつないでいる。今回のことは、私の専門外ではあるが、なんとしても助けてやらねば、私自身の生計にも関わる。
しかし、海苔の味を活かす発明とは、いかにしたものか? 西洋では、あまり食べられていないようであるから、西洋の書物を探しても解決は難しいだろう。そうすると、清か朝鮮の食べ物を当たるか?
そう言えば、寿司の屋台で、寿司を海苔で巻いた『巻き寿司』というものが、最近、流行っているという。まずは、それを当たってみよう。
-巻きずし-
1750年〜1776年の間に生まれ、1783年に一般化したと言われる。発酵食品のすしから、酢を使った寿司に代わる時期に登場した。
海苔の最大の風味を出すには『巻き寿司』しかない。そう、私は確信した。しかし、ただの『巻き寿司』であればすでにある。それを、どうやって冬の名物にするか。平賀源内は、『土用の丑の日』と適当なことを言って広めた。では、『節分に巻き寿司』とするか。
しかし、源内と違って名声のない私が、いくら『節分に巻き寿司』と言っても、広まるだろうか。いや、無理だ。では、どうする?
源内は、うなぎ自体には手を加えず、言葉だけで広めた。これは、確かに凄いことだが、逆に発明家としては凡庸だ。
私はこれでも発明家だ。巻き寿司に一工夫、加えるというのはどうだろう?
「浩庵様、できましたか」
すがるような目つきで、権左衛門が私に問うた。以前に会ったときよりも、見た目でもわかるほど、やつれている。相当、商売に苦労しているようである。
「できました。節分に『巻き寿司』。それが私の発明です」
「『巻き寿司』ですか」
私の答えを聞いた権左衛門は、残念そうに言った。
「寿司は、匂いが強いですからね。それこそ、安い海苔でも充分かと」
「最近は、匂いの少ない寿司があるんです」
「匂いが少ない?」
「発酵させずに、炊いた米に酢を混ぜて使います」
「炊いた米に酢を混ぜる?」
権左衛門が、とても、そんなものは食べられないという、しかめっ面をした。
「ものは試しです。こちらを食べてみて下さい」
私は、権左衛門の前に、海苔で巻いた発酵した寿司と、海苔で巻いた酢飯の寿司を並べた。
「はぁ、浩庵様がそうおっしゃるのであれば」
最初に、権左衛門が海苔で巻いた発酵した寿司を食べる。
「やはり、寿司の匂いが強くて海苔の風味がわかりませんね」
当然と言った諦め顔で、権左衛門が言う。
次に、海苔で巻いた酢飯の寿司を食べた。
「こ、これは!」
権左衛門が驚く。
「どうです。うまいでしょう! 酢飯の方は、匂いが少ないので、海苔の風味が落ちること無く、伝わるんです」
と私が説明する。
「う、うまい。これなら、うちの海苔の味が引き立つ。さすがは浩庵様」
先程の諦め顔とは裏腹に、権左衛門が私を褒める。
「これで終わりではありません」
と私は思わせぶりに言う。
「まだ、何かあるのですか」
と期待顔で私を見る権左衛門。
「これが私の発明です」
そう言って、私は奥の手を出した。
「な、なんですか、これは!」
権左衛門があっけにとられる。
「これも、海苔巻きですか? しかし、太い。まるで大蛇のような太さだ。確かに、これなら、皆仰天するに間違いありません」
「太いだけではございません」
そう言って私は、太い海苔巻きを切った。断面からのぞく、色とりどりの食材。黄色は卵焼き、緑はきゅうり、そして、赤は醤油漬けした鮪の赤身。
「なんと! これは、美しい。まるで、千歳飴のようだ」
「海苔巻きを太くすることで、中に複数の具を入れることができます。すると、このように切り口に、模様が現れるのです。具の種類を変えることで、模様も変えることができる。味だけでなく、見た目でも楽しむことができるのです」
「浩庵様、お見事です」
「それだけではありません」
「まだ、他にも?」
「私はこの海苔巻きを『恵方巻き』と名付けました」
「『恵方巻き』?」
と権左衛門がいぶかしがる。
「左様です。『恵方』、すなわち吉となる方角は、毎年違います。節分の時に、『恵方』を向いて、この『恵方巻き』を食べるのです。すると、その年の運勢が良くなる」
と私が説明した。
「『恵方』の方角を向いて、『恵方巻き』を食べると運勢が良くなる? そんな話、聞いたことがありません。本当でございますか?」
と権左衛門。
「聞いたことがないのは当たり前です。私が考えたのですから」
と私はすまし顔で答えた。
「意味が、わかりかねますが」
権左衛門が首をかしげる。
「意味など、どうでも良いのです。『土用の丑の日』と同じです。言葉が流行れば、やがてそれが習慣となり、伝統になります。そして、一度、伝統となってしまえば、そう簡単には廃れません」
「確かに、一理ありますが。はたして、そんなにうまく行きますでしょうか?」
と権左衛門。
「うまく行くのではなく、行かせるのです。これは、私と権左衛門さんだけではできません。近くの料理屋とも協力し、毎年毎年、飽きないように工夫を凝らす。そうやって、伝統を作るのです。私を大器晩成とおっしゃったのは、権左衛門さんではないですか」
そう私が熱を込めて言うと、権左衛門は頷いた。
「東に源内あれば、西に浩庵あり。『土用の丑の日』あれば『節分に恵方巻き』あり。皆で節分を盛り上げましょう。他の店に話を通してきます」
そう言って、権左衛門は来たときとは裏腹に、軽い足取りで去っていった。
※注意
・本作品は創作です。
・「恵方巻き」の起源には諸説あります。江戸時代からあったという説や、戦後に始まったが「江戸時代からあった伝統であるとした」説があります。
・平賀源内は実在の人物ですが、浩庵、権左衛門は想像上の人物です。
また、寿司の歴史は、下記サイトを参考にしました。
https://www.sushiacademy.co.jp/archives/7056
節分を盛り上げろ 明弓ヒロ(AKARI hiro) @hiro1969
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