節分を盛り上げろ

明弓ヒロ(AKARI hiro)

第1話 東に源内あれば、西に浩庵あり

(注意)この作品はフィクションです。



 -土用の丑の日の鰻-

 一説によると、知り合いの鰻屋から、夏に売れない鰻をどうしたらいいか相談を持ちかけられた平賀源内ひらがげんないが、安永3年(1774年)に『里のをだまき評』にて、「土用の丑の日に鰻を食べると滋養になる」と記述したことがきっかけと言われている。

 今で言う、『季節限定キャンペーン』であるが、風習とは不思議なもので、何かのきっかけで始まると、特に根拠がなくとも、いつの間にか『ルール』として定着してしまう。



「この綿のようなものは、何でございますか?」

 近所に住む海苔問屋の主人『権左衛門ごんざえもん』が、いぶかしげな顔で、皿に乗られた白い綿状のものを見つめる。

「それは、『牛乳の雪生クリーム』というものです。牛乳を分離して砂糖を混ぜて手早く撹拌する。加須底羅カステラの上の載せて食べるとうまいですよ」

「左様ですか。では、お一つ」

 権左衛門が、『牛乳の雪』の載せた加須底羅を、恐る恐る食べる。

「これは、絶品。さすがは、浩庵こうあん様だ。これも、浩庵が発明なさったのですか?」

 口の周りに『牛乳の雪』を付けた権左衛門が、驚き顔で言った。

「いえいえ。私は仏蘭西フランスの書物に書かれていたものを、再現しただけです。私には、江戸の平賀源内殿のような才はありません」

 そう私は答えた。


-平賀源内-

 江戸の発明家。もともとは蘭学者であったが、油絵や人形浄瑠璃などの芸能にも造形が深く、江戸中、いや、日本中で、知らぬものはいない。

 最近では、オランダから手に入れた『エレキテル』なる装置を披露し、さらに名声を高めている。

 しかし、その人柄は奇矯で、歌舞伎役者と男色を営んでいるとの噂もある。


「そんなことはございませんよ。浩庵様は、まだお若い。これからです。大器晩成という言葉もありますし」


-大器晩成-

 真に偉大な人物になるには、時間がかかるという意味であるが、翻せば、今の時点では、何もなし得ていないという意味だ。


「はぁ、そうであれば良いのですが」

と私は、心持ち沈んだ口調で答えた。


「そうなりますとも。東に源内あれば、西に浩庵あり、と言わせましょう」

と、普段、私の発明品にケチをつける、権左衛門にしては珍しく、私をおだてた。


「ところで、一つご相談があるのですが」

 やはり、何か企みがあるのか。


「最近、安い海苔屋が増えてきましてね。海苔は、取れる場所によって味が違うし、取れる時期によっても違う。特に冬が旬でございますが、それをわかっている人は一握りの味道楽だけ。うちの海苔は高級品でございますが、世間の人は海苔など、どれも変わらないと考えているようで、最近、客足が遠のいてございます。そこで、旬の海苔の味を活かせる発明を、お頼みしたいと」

「旬の海苔の味を活かせる発明?」

「左様で、ございます」

「しかし、私の専門はからくりですし」

と尻込みする私に、権左衛門が言った。


「源内殿に負けたくはないのですか」

 源内?、そう言えば、最近、平賀源内が、『里のをだまき評』という書物を出版したと聞いた。


「源内殿は、近所の困りはてた鰻屋から相談を受け、見事に夏に鰻を売ることに成功されたようですよ。夏に鰻を売れて、冬に旬の海苔を売れないとなれば、浩庵様は源内殿に遠く及ば無いということになる。それで宜しいのですか!」

権左衛門の気迫に押され、思わず私は、

「承知しました」

と答えてしまった。


 私が返事をするやいなや「期待しております」と去る権左衛門。これは、私以外にも、いろいろなところに相談に行くようだ。顔には出さないが、相当、商売のほうが切羽詰まっているに違いない。

 権左衛門は、私の売れない発明品をしぶしぶながらも買ってくれて、そのおかげで、なんとか私も食いつないでいる。今回のことは、私の専門外ではあるが、なんとしても助けてやらねば、私自身の生計にも関わる。


 しかし、海苔の味を活かす発明とは、いかにしたものか? 西洋では、あまり食べられていないようであるから、西洋の書物を探しても解決は難しいだろう。そうすると、清か朝鮮の食べ物を当たるか?


 そう言えば、寿司の屋台で、寿司を海苔で巻いた『巻き寿司』というものが、最近、流行っているという。まずは、それを当たってみよう。



-巻きずし-

 1750年〜1776年の間に生まれ、1783年に一般化したと言われる。発酵食品のすしから、酢を使った寿司に代わる時期に登場した。



 海苔の最大の風味を出すには『巻き寿司』しかない。そう、私は確信した。しかし、ただの『巻き寿司』であればすでにある。それを、どうやって冬の名物にするか。平賀源内は、『土用の丑の日』と適当なことを言って広めた。では、『節分に巻き寿司』とするか。

 しかし、源内と違って名声のない私が、いくら『節分に巻き寿司』と言っても、広まるだろうか。いや、無理だ。では、どうする?

 源内は、うなぎ自体には手を加えず、言葉だけで広めた。これは、確かに凄いことだが、逆にとしては凡庸だ。


 私はこれでも発明家だ。巻き寿司に一工夫、加えるというのはどうだろう?



「浩庵様、できましたか」

 すがるような目つきで、権左衛門が私に問うた。以前に会ったときよりも、見た目でもわかるほど、やつれている。相当、商売に苦労しているようである。


「できました。節分に『巻き寿司』。それが私の発明です」

「『巻き寿司』ですか」

 私の答えを聞いた権左衛門は、残念そうに言った。


「寿司は、匂いが強いですからね。それこそ、安い海苔でも充分かと」

「最近は、匂いの少ない寿司があるんです」

「匂いが少ない?」

「発酵させずに、炊いた米に酢を混ぜて使います」

「炊いた米に酢を混ぜる?」

 権左衛門が、とても、そんなものは食べられないという、しかめっ面をした。


「ものは試しです。こちらを食べてみて下さい」

 私は、権左衛門の前に、海苔で巻いた寿と、海苔で巻いた寿を並べた。


「はぁ、浩庵様がそうおっしゃるのであれば」

 最初に、権左衛門が海苔で巻いた寿を食べる。


「やはり、寿司の匂いが強くて海苔の風味がわかりませんね」

 当然と言った諦め顔で、権左衛門が言う。


 次に、海苔で巻いた寿を食べた。

「こ、これは!」

 権左衛門が驚く。


「どうです。うまいでしょう! 酢飯の方は、匂いが少ないので、海苔の風味が落ちること無く、伝わるんです」

と私が説明する。


「う、うまい。これなら、うちの海苔の味が引き立つ。さすがは浩庵様」

先程の諦め顔とは裏腹に、権左衛門が私を褒める。


「これで終わりではありません」

と私は思わせぶりに言う。


「まだ、何かあるのですか」

と期待顔で私を見る権左衛門。


「これが私の発明です」

 そう言って、私は奥の手を出した。


「な、なんですか、これは!」

 権左衛門があっけにとられる。


「これも、海苔巻きですか? しかし、太い。まるで大蛇のような太さだ。確かに、これなら、皆仰天するに間違いありません」

「太いだけではございません」

 そう言って私は、太い海苔巻きを切った。断面からのぞく、色とりどりの食材。黄色は卵焼き、緑はきゅうり、そして、赤は醤油漬けした鮪の赤身。


「なんと! これは、美しい。まるで、千歳飴のようだ」

「海苔巻きを太くすることで、中に複数の具を入れることができます。すると、このように切り口に、模様が現れるのです。具の種類を変えることで、模様も変えることができる。味だけでなく、見た目でも楽しむことができるのです」

「浩庵様、お見事です」

「それだけではありません」

「まだ、他にも?」

「私はこの海苔巻きを『恵方巻き』と名付けました」

「『恵方巻き』?」

と権左衛門がいぶかしがる。

「左様です。『恵方』、すなわち吉となる方角は、毎年違います。節分の時に、『恵方』を向いて、この『恵方巻き』を食べるのです。すると、その年の運勢が良くなる」

と私が説明した。


「『恵方』の方角を向いて、『恵方巻き』を食べると運勢が良くなる? そんな話、聞いたことがありません。本当でございますか?」

と権左衛門。

「聞いたことがないのは当たり前です。私が考えたのですから」

と私はすまし顔で答えた。


「意味が、わかりかねますが」

 権左衛門が首をかしげる。

「意味など、どうでも良いのです。『土用の丑の日』と同じです。言葉が流行れば、やがてそれが習慣となり、伝統になります。そして、一度、伝統となってしまえば、そう簡単には廃れません」

「確かに、一理ありますが。はたして、そんなにうまく行きますでしょうか?」

と権左衛門。


「うまく行くのではなく、行かせるのです。これは、私と権左衛門さんだけではできません。近くの料理屋とも協力し、毎年毎年、飽きないように工夫を凝らす。そうやって、伝統を作るのです。私を大器晩成とおっしゃったのは、権左衛門さんではないですか」

 そう私が熱を込めて言うと、権左衛門は頷いた。


「東に源内あれば、西に浩庵あり。『土用の丑の日』あれば『節分に恵方巻き』あり。皆で節分を盛り上げましょう。他の店に話を通してきます」

 そう言って、権左衛門は来たときとは裏腹に、軽い足取りで去っていった。


※注意

・本作品は創作です。

・「恵方巻き」の起源には諸説あります。江戸時代からあったという説や、戦後に始まったが「江戸時代からあった伝統であるとした」説があります。

・平賀源内は実在の人物ですが、浩庵、権左衛門は想像上の人物です。

また、寿司の歴史は、下記サイトを参考にしました。

https://www.sushiacademy.co.jp/archives/7056

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