透明な華氏

エリー.ファー

透明な華氏

「俺は殺し屋だ。見ての通りだが。」

 静かに日本刀を抜き、その先を標的の鼻先へと向ける。悪趣味かもしれないが、今、こうして自分は目の前にいる人間を殺すのだ、と暗示しておかないと寝る前に主ぢあしたりするのだ。

 あれは、本当に不眠になるきっかけとなる。

 俺はこのことを友達やお幼馴染、愛する女にさえ話していない。

 殺し屋であるということがばれてしまうためではない。

 不眠症がなんとなくダサく感じるからだ。

 自分の思う殺し屋像を大事にしたい。

 だから。

 銃の方が圧倒的に殺し易いのに、日本刀を使って殺している。

 そっちの方がかっこいい。

 そう。

 かっこいいのが俺のルールだ。

「殺し屋として、俺には三つルールがある。」

 標的は日本刀の刃先だけをじっと見つめている。

 気に食わない。

「一つ、俺は誰よりもルールを大事にする。二つ、殺す時は一思いに殺す。三つ、このルールに変更はない。」

「あの。」

「罪を抱えて、静かに眠れ。アングレデオトワール一族、十二代目の末裔としてここに断罪するための時間と、理由を作り出す。全てはここで無に帰すのだ。案ずるな、何があってもここで殺す。俺も直に罪の因果でお前と同じ場所へと行くだろう。その時に、復讐する権利くらいは与えてやる。」

「あの、ちょっと。」

「錆にならずに、鳴く月の、奢れる命に譲る道なし。」

 俺は日本刀を頭の上に掲げて、一気に振り下ろす。

「ルール破ってますよね。」

 日本刀を当然止める。

 俺は少し考え、日本刀を鞘に収める。

「何がおかしい。」

「だって、日本刀で今、頭から真っ二つにしようとしたじゃないですか。」

「そうだな。」

「それ、普通死なないでしょ。一発で。一発で殺すなら首を切りにいかないと。」

「それは、確かに。」

「ルール守るんでしょ。」

「まぁ、そうだな。」

「後、言いますけど、アングレデオトワール一族、十二代目の末裔って僕のことですからね。」

「それは、その、すまなかったとは思う。」

「かっこいい響きだからって、勝手に人の家の名前使いますかね。後、なんですか、十二代目末裔って。」

「いや、かっこいいかと。」

「だったら、そこは十二代目末裔じゃなくて、十三代目末裔の方がかっこいいじゃないですか。あの、嘘で塗り固めるなら、そこまでやらないと逆に恥ずかしいですよ。」

 俺は少しずつ自分の顔が赤くなっていくのが分かった。

 小学生の時もそうだった。

 給食当番なのに、マスクを忘れて恥ずかしかったときは、いつも顔が赤くて、好きな女の子に。

 風邪、と心配されて。

 ありがとう、と返したら。

 お前、給食当番やってんじゃねぇよ、マジでうぜぇ、と言われたことがあった。

 結構正論でぐうの音も出ずに頷くことしかできなかった、あの小学生時代の感情がふつふつと湧きあがって来る。

「でも、聞いたんだけどさ。」

「な、なんだ。」

「あんた、結構凄い殺し屋なんでしょ。」

「いや、その、他の殺し屋と交流はないし、大体馬鹿にされて帰って来るから。」

「昨年は、何人殺したの。」

「二千十三か、十五か。すまない、その、余り正確に覚えていなくて。」

「あんたさ、周りの殺し屋から嫉妬されてて、それでいじられてるって気づいてないんだよ。」

「あ。そうなのか。いや、てっきり、二千くらいは普通かと。」

「いや、僕も殺し屋じゃないけど。でも、相当だと思うよ。ランカーでしょ。」

「一応、十二位。」

「自分よりもランクの高い人間の名前とか覚えてるでしょ。」

「あぁ。まぁ、飲み会とかに行ってもまぁ、その、そういう人には会えないけど。」

「所属するコミュニティ間違えてるんだよ。もっと上のコミュニティ行きなよ。もったいないよ、そこら辺のランクのやつとつるんでるの。」

「あぁ。そうかぁ。そうだよねぇ、やっぱ。」

「うん、そう思う。まぁ、僕のことちゃっちゃと殺してさ、ちょっと自分に自信持ってもいいんじゃないの。」

「あ、じゃあ斬るね。」

「うんはいはい。お疲れー。」

「うん、お疲れー。」

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