第20話 『冷房開始の日』

トモコパラドクス・20

『冷房開始の日』        




 今日は冷房開始の日だ!


 学校の規則では、六月からの冷房になっている。


 それがなぜ一週間も前倒しで冷房開始かというと、二つ理由がある。


 一つは、校内全部の冷房装置……エアコンなんて華奢なもんじゃなくて、屋上にドデンとある機械は、そう、まさに奇怪なもんで、なんか怪獣の檻みたい。

 その上から水を垂らして、その水で怪獣のご機嫌とって、冷房してんのかっていうようなシロモノ。ガチで説明すると『異容量接続・個別運転マルチ』というもので、原理的には水を使って空気を冷やすって、どこにでもある室外機。これとダクトごと交換するって大工事を、この春休みにやったらしい。

 で、業者さんが真面目な会社。言い換えれば作業効率を上げて純益を増やしたい会社。だもんだから、予定の工期よりも早く仕上がっちゃった。この手の工事は、試運転して、さらにあちこち手を入れなきゃならない。それを規則通り、六月まで待つと、契約期間が長くなって、工事費が高くつく。そこで、一週間にかかる電気代と計りにかけると、トントン。


「それじゃあ、先生方や生徒諸君の利益になるほうでやりましょう」


 理事長先生のつるの剛士じゃなくて、鶴の一声で決まった。御歳九十五歳になられる理事長先生だけど、頭は光っている(見た目にも)

 わたしと紀香は義体なんで、冷暖房なんて関係ないんだけど、生体組織が気温や湿度、日差しの影響を受け、まことに人間らしい反応をする。そこへいくと紀香は型番の古い義体なんで、生体反応はプログラムしなければならない。少し優越感。


 窓側の生徒たちは、冷房が入っても暑いらしく、麻衣なんかは、スカートをパカパカやって、どうかすると、下敷きでスカートの中に風邪を入れて、もう女を捨てたって感じ。

 梨香さんは、華僑の娘さんらしく平然としている。先祖代々、いろんな国を渡り歩き順応してきた一族の強さなのかもしれない。とにかく、このクラスがみんなパニックになっても一人泰然自若としているだろうなあと思う。

 長峰さんは、吹き出し口の真下で震えている。本人が申し出るか保健委員の亮介が気づいて、先生に声かけるまで放っておく。互いの成長のためには必要なことだろう。でも、長峰さんは堪えるだけで、とうとう授業中に「トイレに行かせてください」と蚊の鳴くような声で言った。十分たっても帰ってこないので、梨香さんは手を挙げて「様子を見てきます」

 そして五分後、「ちょっと貧血気味なんで、保健室寄ってきました」と梨香さんの解説付きで戻ってきた。

 梨香さんは、本当に気のつく良い子だ。席に戻るとき目が合ったら、目が優しく笑っていた。思わず『分かってるって』と目配せをしてしまった。


 委員長の大佛クンが気を利かせて、休み時間に机に乗って、吹き出し口の向きを変えた。新品なんで少し硬い。

「……だめだ、新品なんで硬いや」

「わたしが、やってみる」

 しゃしゃり出てしまった。

 吹き出し口は施行ミスで、ダクトと吹き出し口のリングの間に接着剤が少量入ってしまい、それで動かないことがすぐに分かった。計算すると一トンの力で動くことが分かった。吹き出し口は一トンと百グラムまで耐えられる。まあ、このくらいのものなら余裕で……。


 ベコン!


 お腹に響く音がして、吹き出し口は回るようになった。

 でも、ダクトそのものの計算をしていなかったので、ダクトが配管の中で歪んでしまった。非破壊検査をやってみると、ただ捻れただけなので放っておくことにした。ただしばらくは、友子の馬鹿力と笑われたけどね。


 放課後、稽古場になっている同窓会館に行った。新しい台本が決まったので、取りあえず、動きながら本を読んでみることにした。


 昼間は閉めっぱなしだったので、人間である妙子には耐えられないだろうと、冷房を入れにいく。教室と違って、ここは美観を損ねるということで、新しいダクトは通っていない。昔の通風口を利用して、風を送り込んでいる。そのため、冷気があまりやってこない。

「なんか詰まってるのかな?」

「妙子が来る前に、なんとかしよう」

 紀香は、そう言ってジャージに着替えると、隣の用具室に行き、そこの通風口から、秒速三十メートルの息を吹き込んだ。

 ブワーって音がして、ホコリと一緒に何かが、落ちてきた。


「ねえ、ちょっと。幽霊さんが落ちてきたわよ……」

「え、なんつった……!?」


 紀香が不審げに戻ってくると、幽霊さんは、ホコリを払って、やっと立ち上がったところだ……。

 


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