第19話 『……お母さん!』
トモコパラドクス・19
『……お母さん!』
「散らかしっぱなしで!」
お母さんの声で目が覚めた。
友子は、なるべくリアル女子高生に見えるように調整している。パンケーキ屋の新装開店にも並ぶし、休日は、なかなか目が覚めないようにしている。この感度は、クラスメートでもあり、同じ演劇部員でもある妙子に合わせてある。だから、ハンパなことでは目覚めないんだけど、友子の頭には危機感知モードというのがあって、声の大小にかかわらず、そういう事態には目が覚める。今のクライシスレベルは夫婦の危機レベルであった。
「どうしたの、お母さん?」
とりあえず、ハーパンにTシャツというナリで歯ブラシくわえながらリビングに行った。
「トモちゃん。見てよ、このざま!」
「ああ、なーる……」
リビングは、夕べお父さん(実は弟)が、仕事のために出した資料や、サンプル、予備のパソコンや周辺機器で一杯だった。
「研究職って、これだからヤなのよね。商品開発のためなら、なんでも許されると思ってるんだから!」
そう言いながら、お母さんはテキパキと片づけ始めた。
「顔洗ったら、わたしも手伝うわね」
「ごめん、トモちゃん。テスト明けの日曜だっていうのに……よかったら、この大事なモノを分かるように、お父さんの部屋かたしといてくれる」
「はーい」
一見してガラクタだと思った。
一郎(お父さん)は昔から、そうだった。部屋は八畳の部屋を姉弟二人で使っていた。とくに仕切なんかなかったもんだから、読みかけのマンガ雑誌なんかが、いつの間にかわたしのテリトリーに進入してきては泣くまで叱ってやった。でも、それは一郎の長所でもあった。探求心が強い子で、なにかに熱中すると、他のことは目に入らない。わたしは部屋の片隅に畳半分ぐらいのスペースを空けてやり、その分のガラクタは棚の上に上げた。
「あ……」
思いがけない物を見つけた。弟が三年生の夏休みのとき、なんとかって科学雑誌に熱中し、図工の宿題を忘れてしまった。工作が苦手な一郎は途方にくれて、わたしに泣きついてきた。わたしは自分の宿題の分の紙粘土が残っていたので、それでガンダム型の貯金箱を作ってやった。そのずんぐりむっくりな姿と、機能性を評価され、いつにない成績をもらった。不覚にもこみ上げて来る物があった。
「あ、それ亡くなったお姉さんが作ったもんだって、初めてあの人が自分の部屋に呼んでくれたときに見せてくれたのよ。お姉さんには想いがあったみたい」
「そうなの……」
「研究職の資料だから、勝手に整理できないし……でも、このスペースじゃ、収まりきれないわね。よーし……」
お母さんは、腕まくりをして、床が見えなくなるほどのガラクタを片づけはじめた。
「アチャー!」
お母さんは、スカイツリーほどに積み上げたガラクタの山を崩してしまった。そして、その中に自分たちの結婚写真帳が混ざっていることに怒った。
「もう、こんな大事なものまで、あ~あ、角が折れちゃったよ……ん?」
お母さんは、結婚写真を収めた白い写真帳のノリが剥がれて、中にもう一枚の写真が入っていることに気づいた。
「あれ……」
と、お母さんが言ったときには、もう遅かった。それは、わたしが児童劇団を受けようとして撮った、とびきりの写真だ。私の義体化が長引くこと分かったときに当局からの指示で、わたしに関する物は全て処分された。戸籍から、学校の在学記録まで、全て……でも、弟は処分しきれなかったのだろう。この写真一枚大事にしてとっておき、自分の結婚写真の裏に封じ込めた。しかし、もともと不器用なこととノリの劣化、そして、さっきの衝撃で口が開いてしまった。
「これって……トモちゃんよね?」
写真の裏には、生年月日や略歴、そして名前まで書いてある……。
「お母さん、聞いて……」
わたしは観念して、義理の妹にあたるお母さんに全てを話した。
「そう……トモちゃんて、わたしの義姉さんだったの……」
わたしは、その後に来るパニックを恐れた。
「アハハハ……ああ、おっかしい」
お母さんは、涙を拭きながら笑った。友子は後悔した。
「トモちゃんは、やっぱトモちゃんだわよ。どう見ても十六歳の高校生。ほら、そんなに涙ぐんじゃって。どう見ても思春期の女の子。今まで通りの母子でいきましょう。たとえこれから、なにが起こるか分からないけど、トモちゃんはわたしの娘だって、決めちゃったんだから!」
「お、お母さん!」
わたしは、なんの抵抗もなくお母さんの胸に飛び込んだ。それが、わたしのプログラムされた能力なのか、自然なわたしの心なのか分からなかった。でも、実感としてはお母さん。それだけでいい……。
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