第14話 『退屈な紀香と友子』

トモコパラドクス・14

 『退屈な紀香と友子』       



 わたしの抹殺者として送り込まれてきた白石紀香なんだけど、カタキとしての緊張感がない。


「ねえ、そのパフェ、わたしにも一口おくれでないかい?」

 今も、そう言ってヨダレを垂らしている。

「やーねー、あげるからヨダレだけ拭いてくれない」

 紀香は、ハンカチでヨダレを拭うと「いいよ」も待たずに、スプーンでゴッソリと持っていった。

「あ、ああ~! それは無いっしょ!」

「う~ん、たまらん。わたしも、こっちにしときゃ良かった!」


 わたしは三十年前に首都高で事故を装って殺されかけた。それも未来の秘密組織によって。理由は、わたしが将来生む娘がアジア極東戦争を起こす元凶になるために、母(になる予定)であるわたしの抹殺だ。


 反対勢力である国防軍秘密組織ミームによって助けられ、三十年の歳月を掛けて、一月前に蘇った十万馬力の義体……昔風に言うとサイボーグである。

 前世紀のサイボーグの概念と違うのは、骨格と動力、CPUの能力が桁違いに高いこと。そしてなにより、主にボデイーの外郭である生体組織である。人間であったころのDNAをそのまま持っているので、外見は生きていた三十年前の十五歳のまま。そして、生体組織の血管には無数のナノリペアが循環していて、傷ついたりすれば、簡単なものだと数十秒で回復する。

 そして、同じ義体である紀香との決定的な違いは、わたしには生殖能力が残されていることだった。

 わたしは特別らしい……な~んて普段は忘れて、普通の女子高生で、蛸ウィンナーの妙子と三人で冴えない演劇部をやっている。

 冴えないといっても、わたしと紀香の演技力は抜群。擬態能力が高いので、人間なら、たいがいのものには化けられる。先日も不登校と思われていた長峰純子を、それらの能力を駆使してC国の秘密組織から救ったところだ。


「あれ、どこいっちゃたんだろ!?」

「シャメ撮りそこねた!」

「あれ、ぜったい小野寺潤と矢頭萌だよね!」

 店の外で女の子達が騒いでいる。

「あっち、探してみよ!」

「オレたちも行くぜ!」

 一群は階上のテラスへ上がっていった。


「ちょっとやりすぎたかなあ……」

 口の端っこにクリームをつけたまま、紀香が言った。

「紀香って、調子こいてサインまでしちゃうんだもん」


 そう、二人は、ついさっきまで階上のテラスでAKRの小野寺潤と矢頭萌に擬態して遊んでいたのだ。


 最初は、ほんの数分のつもりで、買ったばかりの服を着てグラサンかけて、それなりに身を隠していたが、なんせ本物ではないので緊張感がなく、紀香がグラサンをとって汗を拭いた。

「わ、小野寺潤だ!」

 ということになり、追いかけ回されてしまい、それを楽しんでいた。


 しかし、階段を降りたところで、熱烈なファンに出会ってしまった。


「仙台から来たんです! 命がけのAKRファンです。こんな目の前で出会えるなんて……きっと、こないだ瑞巌寺にお参りした御利益だわ。お願いです、サインしてください!」

 仕方なく、紀香は小野寺潤としてサインしてやった。擬態化すると、擬態した人間のスキルや、あらかたの知識もダウンロ-ドされるので、完ぺきなサインもできるし、本人の感性で行動することもできる。

 潤になりきった紀香は、潤の気持ちのまま、仙台の子をハグまでしてやった。

 そこを、視力2・0のファンの子に発見された。

「いたー!」

 そして、二人は慌てて従業員用のドア(パスキーがついていたが、二人には無いも同然)から、空き部屋に飛び込み擬態を解いて制服に着替え、パフェなど食べているのである。


 なんで、こんなことをやっているかというと……二人は退屈なのである。


 週明けの月曜からは中間テストで、部活もできない。授業内容は義体のCPUに完全に入っている。あとはセ-ブして、どのへんの点数に落ち着けるかだけで、それは、当日のみんなの出来具合に合わせるだけである。


 だから、義体の二人は退屈なのである。


「ちょっと、ほんとに見かけたのかい!?」

「はい、こうやってサインももらいましたし」

「……ほんとだ、これ、潤のサインだよ!」


 一群の人たちが、また階上のテラスに上がっていった。

 でも、今度は、このビルの上にある劇場のスタッフと、AKRのプロディユーサーまで混じっていた。

 彼らの強い不安と思念が飛び込んできた。

 まもなく、上のホールでAKRのライブが開かれる。


 そして、楽屋には、まだ本物の潤と萌が到着していないのだった……!



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