第13話 『幸福の黄色いハンカチ』
トモコパラドクス・13
『幸福の黄色いハンカチ』
一瞬、義体なのではとさえ思った……。
絶やさぬ自然な笑顔、人の気をそらさぬ話し方。アイドルサイボーグという言葉が頭をよぎったが、そんな人工的な言葉では表せないオーラが二人にはあった。
二人とは、坂東はるかと仲まどかの二人である。
はるかさんは、家庭事情で、この乃木坂学院を二年で中退している。大阪の府立高校に転校し、いろいろ苦労したようだが、そのことで、十九歳とは思えない大人びた優しさと魅力がある女優さんになった。
まどかさんは、この春に乃木坂を卒業したばかりだが、それまで都下有数の伝統大規模校であった乃木坂の演劇部が、いろいろ事故が重なり、わずか三人に減っても演劇部を立て直し、その年の都大会で最優秀を獲得、全国大会でも優秀賞を取った。で、その時の顧問が、我が担任のノッキーこと柚木先生で、事あるごとに二人の思い出を語り、わたしたち三人の演劇部員に無邪気な圧力をかけてきた。まどかという人も、はるかさんの、『春の足音』という連ドラにエキストラ出演したことがきっかけになり、まどかさんと同じNOZOMIプロに所属。全国大会で最優秀が取れなかったのは、彼女が、もうプロと見なされたからだらしい。
二人は、我がクラスの授業見学……のはずだったが、みんなの気が散って授業どころでは無くなり、二人を囲んでのお喋り会になってしまった。
「はるかさん。どうしたら、そんなにキレイでいられるんですか!?」
蛸ウィンナーの妙子が、まっさきに聞いた。瞬間二人の頭に、この数年間の出来事が駆けめぐったのが分かった。親の離婚、突然な転校、演劇部の部活、いろんな挫折。
はるかさんのことは『はるか 真田山学院高校演劇部物語』 まどかさんのことは『まどか 乃木坂学院高校演劇部物語』に書かれている通りだと分かったが、やはり生のエモーションに接すると刺激が違う。
「う~ん、正直言って、わたしもまどかちゃんも、進んでこの道に入ったんじゃないんです」
「そう、うちの事務所には、白羽さんて人タラシが居て、二人とも、要は乗せられちゃった……かな?」
まどかさんが、あっさり片づけようとすると、はるかさんが付け加えた。
「自分の事を言うのもなんですけど、わたしもまどかも、短くて目立たないけど、真っ直ぐだったように思います。それにオメデタイ(笑)」
「あの話なんか、いいんじゃない?」
まどかさんが振る。
「そうね」
そう言うと、はるかさんはペットボトルのお茶を半分飲んで、教卓の上に置いた。
「この状態をどう見るかです」
みんな「?」であった。
「もう半分しか残っていない。と見るか、まだ半分残っているかと見るか」
「わたしたちは、共通していました」
「「まだ半分残っている!」」
二人がハモったので、二人が笑い、そして笑いは教室中に広がった。
「あと、根拠のない自信ですね」
「最初から自信あったんですか!?」
麻衣が手を挙げて聞いた。
「そんなもんなかったですよ」
「ただ、半分残っていると思える、お気楽さだけ」
「それを、根拠のない自信にしちゃうんだから、この世界は怖いです(笑)」
全くの思いつきで、はるかさんは黒板に図を書いた
① > <
② < >
「この外向きと内向きで区切られた空間ってか、その間に線を引いたらどっちが長く見えますか。直感で!」
「はい、手を挙げて!」
二人の呼吸は絶妙だった。圧倒的に①が多かった。ただ一人目立ちたがりの自称「イケメン」の亮介だけが②に手を挙げた。
「答は、両方とも同じなんです。ちょっと定規貸してもらえる?」
亮介が高々と差し出したが、はるかさんは、わたしの五メートルのスケール(部活用に持っていた)を取り上げた。
「徳永君、ごめん。長い方がいいから」
亮介のそれは三十センチしかなかった。
「まどか、そっち持って、いくら?」
「一メートル三十センチ……かな、下もいっしょ」
「ううん、下の方が二ミリ長くない?」
「ほんとだ」
「おめでとう、徳永君正解!」
亮介が無邪気に喜んだ。
「でも、それって誤差の範囲じゃないですか」
妙子が混ぜっ返す。
「……ともいうそうです(笑)」
「これが根拠のない自信です。プロデューサーなんかは、こんなところを見ています。むろんプロになれば、他に役者としての勉強は必要ですけど、基本は、このカッコをいかに強力にしていくだけですね」
「じゃ、若干実験を。ちょっと教科書貸してくれる」
はるかさんは、中島敦の『山月記』を乙女の恋する心で読んだ。
あんなに、カクカクしてコムツカシイ漢文調の文章を、恋のラブストーリーのようにしてしまった。
まどかさんが読むと、まるでコミックの描写のようになり、みんな大いに笑った。
驚いたのは、この楽しい一時間(正確には五十分)はまるっきりアドリブで、その場の雰囲気で話題を進めていることだった。わたしでも、一分先の二人の心を読むことができなかった。そして、授業と違うのは、みんなが楽しかったこと。
そのあと、講堂で、生徒全員を集めて講演会が開かれた、驚いたことに、ここでも二人の心は、ほとんど読めなかった。みんなと、その場その場での会話を楽しんでいた。
お昼になって、迎えの車が来て、いったん乗ったはるかさんが降りてきた。
「忘れるとこだった。これ、部室に掛けといてくれる」
渡されたのは、黄色いハンカチだった。これは読めた。二人の心の中、幸福の黄色いハンカチだった。
で、今日は、その訳が分かっていない麻衣に、このハンカチにまつわる話をしてきかせるだけで、部活が終わってしまった。
麻衣のような人がいたら『まどか 乃木坂学院高校』を読んでください。買い方は下に書いときました。義体でも、同じこと何回も説明するのは堪えます……はい。
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