第5話 『宿敵 白井紀香!』

トモコパラドクス・5

『宿敵 白井紀香!』     



 最初は雑電を拾ったのかと思った……。 

 

 わたしの義体は、かなり高性能で、自分でもスペックの全ては分からないくらい。だから、聴覚の点でも、ボンヤリしていると、携帯電話やテレビの電波を拾ってしまい、少し混乱する。人の感情も微弱な電波になるので拾ってしまう。一応フィルターがかかっていて、重要性のないものや、無害な物はカットしている。しかし、この義体が稼動して、まだ一カ月あまり、車で言えば仮免状態。


『雑電じゃないわよ』


 フィルターをかけ直した後、はっきりした意思として伝わってきた。

「だれ……?」

『言葉にしない。思うだけでいい』

『だれ!?』

『あなたの宿敵……』

 反射的に、友子は十メートル以上ジャンプして、講堂二階の外回廊に着地した。


『過剰反応よ』


 その女生徒は、中庭のベンチに背を向けたまま思念だけを送ってきた。

『今のは、誰にも見られていないわ。降りてらっしゃいよ……人間らしく階段を使ってね』

 その女生徒に害意がないことは、直ぐに分かったので、友子も緊張を解いて、階段を降りて背中合わせのベンチに座った。すると、その女生徒は、親しげに反対側から、こちら側にやってきて、すぐ横に座った。

「鈴木友子さんね、よろしく」

『そんな、敵が親しげにして!』

「この近さでいたら、声に出さない方が不自然でしょ。それにトモちゃん、朝から敵を探そうって……ちょっとやりすぎ」

 親しげに、トモちゃんときた。

「あなたは?」

「あ、ごめん。二年B組の白井紀香。演劇部の部長で、一応トモちゃんが探している敵、それも宿敵」

「宿敵が、どうして、そんなに穏やかなの?」

「わたしたちの上部組織、休戦状態なの。知らなかったでしょ」

「休戦状態……わたしのCPにはプログラムされてないわよ?」

「トモちゃんを送った組織は、わたしの時代より前のホットな時代の人たち。だから敵愾心が強いの」

「白井さんは、もっと新しい時代から来たの?」

「うん。もう、トモちゃんを抹殺しなきゃならないという仮説が崩れた時代」

「じゃ、もう敵なんかじゃないの?」

「それが、ややこしくてね。鈴木友子脅威説は、もう利権化してるの。この時代の地球温暖化説みたいに」

「ああ、あれって二酸化炭素の排出権が利権化したんですよね」

「そ、二十一世紀末には、世紀の大ペテンだって分かるんだけどね。トモちゃん脅威説は、まだ正式には生きてるの。だから予算がつけられ、わたしみたいなのが送られてくるわけよ」

「え~(*o*)!」

「こっち来て」


 わたしは、同窓会館の二階に連れていかれた。そこには古い字で「談話室」と看板が掛けられていた。


「ここって……あの談話室ですよね!?」

「そう、『まどか 乃木坂学院高校演劇部物語』で乃木坂さんが、仰げば尊しの歌の中で消えていった記念の場所」

 白井さんが指を動かすと、部屋の壁が素通しになって、一面満開の桜が透けて見え、ハラハラと桜の花びらが舞い散った。

「ウワー、小説通りだ!」

「ね、トモちゃん。演劇部入らない?」

「え?」

「あの小説のあと、演劇部はガタガタでね、部員はわたしと、トモちゃんのクラスの妙子しかいないのよ」

「ああ、蛸ウィンナーの?」

「うん。役所のアリバイみたいなことで、この時代にいるけど。目的がないとやってらんないの。今のわたしの目的は演劇部の再建。おねがーい!」

 紀香は、大げさに手を合わせた。

「う~ん、急な話だから、ちょっと考えさせてください」

「ちっ、まどかは、進んで入部したんだよ」

「それ、小説の話でしょ」

「これだって、小説じゃん」

「そんな身もフタもないことを」

「とりあえず、わたしは帰ります」

 友子はカバンを掴んで出口に向かった。とたんに桜吹雪は消えて、元の談話室にもどった。


「その前に、トモちゃん。あんた、自分のスペックやら、そもそもの事件の背景、どこまで知ってんの?」

「ん~、敵を見つけて、自分の身と家族を守ること」

「で……?」

「て……それだけ」

「雑だなあ、ちょっと座んなさいよ。レクチャーしてあげるから」

「う、うん……」


 そして、友子は紀香から、とんでもないことを聞かされた……。


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