第4話 『友子の初登校』

トモコパラドクス・4

『友子の初登校』       



「今日から、クラスに新しい仲間が増えます。みんなよろしくね。じゃ、鈴木さん、入ってきて」


 柚木先生の紹介で、友子は教室のドアを開けた。


 それまでに廊下に人の気配を感じていた生徒達は、拍手と共に好奇心むき出しの目で友子を見た。

 友子は、ほどよく頬を染め、うつむき加減で教壇の隅に立った。

「こんど、お家の事情で、この乃木坂学院に転校してきた鈴木友子さんです。鈴木さん、一言どうぞ」

 友子は、緊張した顔で、教壇中央をめざしたが、教壇の端のリノリウムの出っ張りに足を取られて、前につんのめり、こともあろうに柚木先生の胸を両手で掴んでしまった。

「キャ!」

「ウワ!」

「アア~!」

 という声が、順に、友子、柚木先生、生徒(主に男子)からあがる。二三秒、そのままの後、友子は急いで手を離した。

 柚木先生も、同性とは言え胸を鷲づかみにされたのは初めてなので、かなり動揺した。

「おもさげねことしてまっで、もすわげねっす!」

 初めて見る担任の動揺、可憐な見かけとは裏腹な友子の方言に、教室は湧いた。

「あ……ども。鈴木友子です。今の言葉でバレテしまいましたけど、東北の出身です。隠しておこうと思ったんだけど、柚木先生の胸デッケーんでつい方言が出てしまいました。まんず……まず、これから、よろしくお願いします!」


 ゴツン!


 ペコリと頭を下げると、小柄な友子は、教卓に思い切り頭をぶつけてしまった。

「いでー……」

 切れてはいなかったが、オデコの真ん中が赤く腫れてきた。

「鈴木さん、よかったら、これ使って」

 イケメンの保健委員徳永亮介が、サビオを二枚くれた。

「ありがとう……」

 指定された席に着くと。友子は鏡を見ながらサビオを貼った。しかし、その貼り方がフルっているので、柚木先生が吹きだし、それで注目した生徒達が、また笑い出した。

「その貼り方……」

「だって、カットバン貼るのオデコだから、少しはメンコクと思って……」

 友子のサビオは、見事な×印に貼られていた。

「友子ちゃんの古里じゃ、カットバンて言うの?」

 隣の席の浅田麻衣が、小さな声で聞いた。

「え、東京じゃ、そう言わないの!?」

「声おっきい。サビオって言うのよ」

「ああ、サビオ。書いとこ」

 友子が、真面目に生徒手帳に書き出したので、またみんなが笑った。で、また友子の顔が赤くなった。


 噂は昼には学校中に広まった。


 なんせ初手からズッコケて柚木先生の胸を鷲づかみにし、オデコに×印のサビオである。職員室でも「柚木さん、あなた着やせするタイプ?」と同僚の女の先生から言われた。

「どうして?」

「だって、鈴木友子が、そう言ってるって。Dはあるってさ」

 そこに運悪く、朝礼で出し忘れた書類を友子自身が持ってきた。

「鈴木さん!」

「はい?」

「人の胸のこと話の種にしないでくれる!」

「いいえ、わたしはなんも……」

「だってね……!」

「あ……男子が、先生の胸でっかかったかって聞くもんだから、わたしよりは大きいって、そんだけ」

 柚木先生は友子の胸に目を落とした。たしかに友子の胸は小さい。

「話に尾ひれが付いたのよ。鈴木さん責めるのは可愛そうよ」

「んでも、先生の胸は大きくっで、わたし感動したんです!」

 友子は地声が大きいので、職員室のみんなが笑った。バーコードの教頭などは、洗面台の鏡に映る柚木先生の胸を、しっかり観察していた。


 お昼は、仲良くなった麻子の仲間といっしょにお弁当を食べた。


「わあ、友子ちゃんて、ちゃんとお弁当作るのね」

「あーー、ただ冷凍庫にあるものチンして詰め込むだけ。お母さん血圧低いから、お弁当は自分」

「でも、ちゃんと玉子焼きなんて焼くんだ」

「チンしてる間に作れっから」

「一個交換していい?」

「うん、どうぞ?」

「あ、プレーンで美味しい」

「液体のお出汁ちょこっと入れるだけ……麻子ちゃんの、甘みと出汁加減が、とってもいい!」

 そこで、五人ほどのグループで玉子焼きの品評会になった。麻子の玉子焼きに人気があった。

「お、懐かしの蛸ウインナー!」

 友子の遠慮のない賞賛に、池田妙子は、惜しげもなく蛸ウインナーを半分にしてくれた。

「お、お醤油の隠し味!」

「うん、焼き上げる直前に垂らすの」

 賑やかにお昼も終わり、放課後になると、柚木先生が遅れてきたこともあり、教室の前は友子見物の、主に男子生徒が集まっていた。


 思惑通りに進んでいた。


 いずれは現れる敵、目だった方が早く見つけられる……。

 


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