第3話 『あの日の秘密』
トモコパラドクス・3
『あの日の秘密』
あらかわ遊園から帰った夜、一郎は夢を見た。
あの日の夢だった。
事実一カ月前までは夢だと思っていた……三十年も前の。
首都高某所で事故が起こった。夜の九時頃だ。
「家で待ってなさい!」
そう言われたが、迎えに来たパトカーに無理を言って乗り込んだ。代々木に出たところまでは覚えていたが、そのあと意識がもどったのは、病院の待ち合わせのようなところだった。父と母はまだ意識が戻ってはいなかった。
「目が覚めたのかい」
通りかかった白衣の人が言った。子供心にも「まずかったかな」という気持ちになった。
「この子は、あの子の弟だ、多少、同じ素因をもっているんだろう」
「かもな、我々を見てしまったのなら、見せておくべきかも知れない」
その時代には存在しない携帯のようなもので白衣の人は連絡をとった。
「分かりました。連れていきます。あれ飲ませといて」
もう一人の、見れば若そうなお医者さんみたいな人に指示して行ってしまった。
さっき飲まされたジュースのようなもののせいかもしれないが、一郎は、すごく落ち着いた気持ちでエレベーターにのせられ、地下何階かで降りて長い廊下を歩いた。
扉が二重になった部屋は、機材の少ない実験室のようだった。
そして正面のガラスの向こうに、姉が裸で横たわっていた。
「おねえちゃん……」
姉の姿に命を感じなかった。姉の手術台が百八十度回った。見えた姉の左半身は、焼けただれていた。
「おねえちゃん、死んじゃったの?」
「それを今から説明するの」
いつのまにか、白衣の女の人が立っていた。とてもきれいな人だったけど、地球の人ではないような気がした。
「お姉さんは、首都高を車に乗せられてすごいスピードで走っていたの」
「……誘拐されたの?」
「その逆。誘拐されかけたのを仲間が助けたの。でも間に合わなくて、車ごと吹き飛ばされた」
女の人が、リモコンみたいなのを押すと、逃げ回る車を追いかけているローターの無いヘリコプターみたいなのが三つ見えた。それがSF映画のように逃げる車を追いかけ回し、目には見えない弾のような物を撃っていた。弾はステルスだが、その周辺の空間が歪むので弾なんだと分かる。路面に落ちたそれは、微かに光って消えてしまうが、巻き添えを食った他の車に当たると、ハンドルを切り損ねたようにスピンしたり、前転したりして、他の車や側壁に当たって、事故のようになる。
やがて、トンネルに入る寸前で車に命中し、車は何度もスピンしてトンネルの入り口に激突。ボンネットから火が噴き出し、またたくうちに、車は火に包まれた。なんだか外国語で命ずるような声がして、カメラは路面に降り立ち、他のヘリからもまわりの空間が歪むことで、それと知れるステルス人間達が降りてきた。
やがて、車から、煙を立てながら男がおねえちゃんをだっこして出てきた。一瞬身構える男。見えない弾丸が空間を歪ませながら飛んでいく。身軽に男は、それをかわすが、おねえちゃんを庇って背中に二発命中した。男は再び燃え上がり、おねえちゃんは路面に投げ出された。
その直後、敵の男達が、どこからか飛んでくる弾に当たって、次々と倒れ、画面も横倒しになって消えてしまった。
「これ、オバサンたちが助けたんだね……」
「そう、理解が早いわね。このあとお姉さんだけを救助して、ここに運んだ」
「……男の人は、おねえちゃんを庇って死んだんだね」
「……そしてお姉さんも、さっき息を引き取ったの」
「じゃ……」
映画の出来事のように冷静に喋れるのは、さっき飲んだ薬のせいだろう。
「でもね、こっちを見て……」
ガラスの向こうでカーテンが開き、金属で出来た骸骨の標本みたいなものが現れた。よく見ると、そいつの骨の間には、部品のようなものが入っていて、見ようによっては作りかけのサイボーグのようにも見えた。
「作りかけのロボット。お姉さんの記憶は、脳が死ぬ前に、こっちのロボットのここに入力した」
女の人は、自分の頭の当たりを指差した。
「じゃ、おねえちゃんは!?」
初めて感情のこもった声が出た。
「死んじゃいないわ。体が変わっただけ」
「おねーちゃん!」
一郎は、ガラスを叩いた。
「ぼく、ガラスを叩いちゃ……」
「いいわよ。感情を抑制しすぎると精神に影響するわ」
「おねえちゃん……生き返るの……?」
一郎は、聞いてはいけないクイズの、最後の答を催促するようにオズオズと聞いた。
「動力炉、それと生体組織がなんとかなればね」
「なに、それ……?」
「エンジンと、ボディー。エンジン無しじゃ車は走れない。ロボットもね。それにスケルトンのままじゃ外に出せないでしょう。わたしは、これの専門家じゃないから、そこまでは手が回らないの。お姉ちゃんはもどってくるわ。それが、明日になるか十年後になるかは分からないけどね。時間軸の座標を合わせるのは、少し難しいの。それに、これは違法なことだしね」
親たちには、娘は事故死したと伝えられ、焼けただれた右半身を隠した遺体を見せられ。両親は娘は死んだことで納得した。
晩婚だった両親の悲しみは深く、葬儀のあと、急に老け込んだ。それでも幼い一郎のためにがんばり、父は去年亡くなり、認知症の母は介護付き老人ホームに入っている。
事故そのものは、首都高の連続事故として処理され、そして、三十年の歳月が流れた。
『明日、十時、代々木の○○交差点でお待ちしています』
そのメールがやって来たのが一カ月前だった。
そして、三十年ぶりに会った姉は、当時の十五歳の姿のまま羊水の中でまどろんでいた。
「ここまで、歳が離れちゃお姉ちゃんというわけにはいかないなあ」
当時若かった、初老の医者が、そう言った。
「大伯父の孫娘、親が亡くなって見寄りなし……という線でいきましょう。書類やアリバイ工作に時間がかかるから、一カ月後ということにしましょうか」
女の人は、ひとりだけ、三十年前の若さで言った。
そこで目が覚めた。
血圧の低い春奈は、まだ眠っている。
「おーい、友子、もう起きろよ……」
すると、後ろで声がした。
「どう、さっき来たの。乃木坂学院の制服。似合うでしょ!」
制服を着て、スピンした女子高生の姿は、とても姉とは思えない可憐さであった。
「二十八歳年下の姉ちゃんか」
振り返った友子が、スリッパを投げてきた。
パコーーン
見事に命中し、いかにも軽い音がした……。
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